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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

今年の1泊吟行は、西湖周辺でした。

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  富士山麓一泊吟行記(第一日目)  
                      秋澤夏斗
 
 
 11月11日朝8時に、主宰をはじめ27名の会員が海老名駅に集合。
今年は近年世界遺産となった富士山麓を吟行する。
 
バスは圏央道周りで中央道へ。海老名からすぐ高速道に入り、
圏央道・中央道を経て富士吉田まで。
富士を背景に富士ハイランドの遊園地。今日は日曜とあって賑わっていた。
  
    冬天や鉄の聳ゆる遊園地     遊美

ここから先は一般道。バスは赤や黄に色づいた紅葉を潜り抜け、
富士五湖の中で2番目に小さい西湖を目指す。
 
    秋雲や今日いくたびの富士の峰  有也

最初の吟行地は茅葺21棟の集まる「いやしの里根場」。
かっては兜造りで栄えた集落であったが、昭和41年の台風被害で
1軒を残し、すべてが土石流に呑み込まれたという。
現在はかっての姿が復元され観光地となっている。
集落の背後には今が見頃の紅葉谷、正面には冠雪の富士。
雄大な自然に囲まれた家屋が玩具のように思える。

                        hoshigaki.jpg

 
    干し柿や篠竹香るかごを売り   詩
 
    軒に吊る玉蜀黍に湖の風     亘
 
     日だまりの茅葺屋根の帰り花   風


 各自ばらばらになって吟行した後、入り口近くの茅葺に集合して昼食。
地元名物のほうとう鍋と小豆飯のセットにみんな満足。
 
    はうたうの南瓜ほつこり冬木立  冬青

  午後は再びバスに乗り、西湖の南側に広がる樹海の中を富岳風穴目指して
小一時間ほど散策する。樹海はとても明るかった。
台地が熔岩より構成されるため、水が乏しく根付きも悪く、木は大きくなると
支えきれずに倒れてしまう。樹木の種類も少なく、米栂、水楢、檜、松、馬酔木、冬青位。
途中で蛇(ジムグリ?)に出会ったのが一番の収穫だった。

                          樹海


    鳥の声聞かぬ樹海や紅葉散る   恵未

富岳風穴の中は思ったより広い。一年中解けない氷の山があった。
 
     寒々と風穴の口開きをり     梢

宿に入り2時間半の句会の後、早々にバイキングの夕食を済ませ、
再び樹海へナイトツアーに出かける。
3名の指導員に誘導され、赤外線のランプを頼りに前の人につかまりながら
樹海の中を進む。狐、狸、むささび、梟などの夜行性動物が観察できるものと
期待していたが、植生の貧困さから樹海には大きな野生動物は
生息しないと言う。40分程前進してようやく鼠の巣に到達し、
みんなが目を凝らして見たものは掌に入るような小さな姫鼠2匹。
 
    着ぶくれて夜の樹海へ数珠繋ぎ  夏斗
 
    霜の夜や樹海の闇の姫ねずみ   奈津子


 樹海を抜けて戻ると、夜空には満天の星が輝いていた。
 
     森を出で寒星かぞへ得るほどに  晴生

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1泊吟行の二日目です。早起きから始まりました。

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         都市一泊吟行 二日目(11月12日)
                                                   盛田恵未 

 朝食後の句会に備えて、朝6時にフロントに集合で西湖へ向かう。
まだ外は薄暗く、西湖を囲む紅葉山には霧が棚引いていて、
暗い湖面と対照に神秘的で何とも美しい。
おばちゃん連中が大勢押し寄せ景色の美しさに感嘆。
ついつい話に夢中になる。大声を出さないように心して句作に入る。

 空がだいぶ明るくなるころ、西湖を後にホテルへ帰る。
そそくさと朝食を済まし句会が始まった。
ちょっとした冒険だった昨夜のナイトツアーの句も出た。
以下特選句のみ残します。

          西湖2
                      
     
     対岸の灯の三つ四つや動く霧      千砂

     キャンピングカー出くる人の息白し   明

     森を出で寒星かぞへ得るほどに     晴生

     沈黙のむずかしきこと冬北斗      遊妹

     静けさは湖にもまして冬紅葉      亘

 
 昼食の時間を気にしつつ句会は無事終了となった。
おにぎりの昼食を済ますと気持ちはかなり楽になり、
これからの見学が楽しみになってくる。

                   togawa_20181207222909858.jpg
    

 午後一番は御師(おし)の家旧外川家の見学。
御師とは、参詣者の案内や宿泊の世話、
祈祷によって参詣する人と神仏の仲立ちをする宗教家とのこと。
外川家は富士山の御師を務めてきた。国の重要文化財及び世界遺産富士山の
構成遺産となっている。立派な門構えの御屋敷には、手前に身を清める清流が流れていた。

                        神社


 その後、今日最後の見学場所、北口本宮富士浅間神社へ。
富士山大噴火のため火山鎮護の神として木花開耶姫を祀ったことに始まる。
紅葉の始まった境内に樹齢1000年という大杉のご神木もあり、威容を添えている。

 その後、道の駅に行きお土産を買い一路町田へ。
心配した渋滞も大したことなく、無事町田に着きました。

露山さんが、新人の句を講評してくださいました!!

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都市の一句(45) 金野 露山

夏草や腰を痛めて負戦  茂呂誌江奈


作者の顔が浮かぶ場合は書きやすいかもしれないが、遠慮がちになる。
逆の場合、プレッシャーはないものの、的外れになる危険がつきまとう。

作者は未知の人であることをお断りしておく。掲句は都市8月号から引いた。
最初は3句目の〈稲妻を借りてやうやう適ふ恋〉に食指が動いたが、
ご本人を知らずして書くのは無理があるため断念した。

zassou.jpg


「夏草」と言えば、芭蕉の〈夏草や兵共がゆめの跡〉が何といっても“鉄板ネタ”だろう。
当方など〈夏草や〉の措辞を使いたくとも端から腰が引けてしまうが、
同じ土俵で勝負しようという掲句は心意気がいい。

キラキラ


黙々と庭の草取りをしていたが、乾き切った地面にしっかり根を張った
夏の雑草にてこずり、とうとう投げ出してしまった。句意は平易だ。
立ったり座ったり、慣れない仕事で腰はパンパンに張った。
忌々しい限りだがギブアップせざるを得ない。
下5の「負戦」で諧謔味が増幅された。

ざっそう2


詩江奈という名前は都市6月号以前にないからニューフェイスとお見受けした。
〈稲妻を借りてやうやう適ふ恋〉には、橋本多佳子の〈雄鹿の前吾もあらあらしき息す〉や、
桂信子の〈ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜〉に通じるものがある。
ひょっとしたら〈夏草や〉は芭蕉のパロディーなのでは、とも思ってしまう。
現在の「都市」会員には見られない作風にこれからも注目していきたい。

10月吟行は、お江戸の風情の残る佃島でした。

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      10月佃島月島吟行
                          森有也
 


台風25号の影響で九州、東北には暴風雨や豪雨が襲っているというのに、
ひとり関東だけはピーカンの秋空。集合時間10時を待って
深い地下鉄から月島の町に登り出れば、埋立地特有の広い通りと
高層マンションに迎えられた。

埋め立ての基となった佃島は家康の連れ来る33名の
大阪佃村の漁民という。爾来江戸城に魚介類を納め、
将軍はもとより大奥の女房方を喜ばせたらしい。
 
                川端


その佃島に江戸の名残を見つけ、なんとか俳句に詠もうと
「都市」の会員達は、僅かに残った船溜まりの釣り人に話しかけては
鰡の子を散らし、住吉神社では七五三の写真撮影を邪魔して
隅田川の畔へと出た。高層マンションは秋日差しの中、
その影を川の流れにたゆたせている。

                   地蔵尊


今をときめくマスコミの兆児が高層階から降り来たりて、
一介の老人としてその影を河畔に落としていくのに出会う。
佃島にきたら佃煮だと、一人が買えば我も我もと争って、
日頃一円の違いにもチラシの隅々まで目を通す人達が、
値段に構わずに二つ三つと買ってゆく。中でも蝗の佃煮は高価であったが、
信州育ちの仲間の一人はその懐かしさに、どんなに美味しかったかと
語りかける。

                  佃島

 
月島に戻れば、もんじゃ焼通りは多言語通り。
異国の観光客が行きかって、もんじゃ焼き屋は満員の盛況。
そのもんじゃ焼通りを月島駅に向かってゆけば、再開発に
取り残されたような小さなビルの今日の句会場、佃会館に着く。

                                    交番
                   (警視庁最古の現役交番)
 
主宰を含めて30名の参加。 午後1時に6句の出句。い
つもは公園中心の吟行だが、今日はさすがに江戸の名残のある町で
バラエティーに富んだ句が多く見られた。
 
     集合に一番乗りや素十の忌 冬青

     鯊釣や運河の跡の水溜り         夏斗

     岸釣の桶ふみ台に佃の子         詩

     鯊釣や男の帽の目深くて         真咲
 
     迷ひてもポストに住所草の花       たまご

     月島や軽四輪に芋焼く火          有也
 

句会後はもちろんもんじゃ焼き屋にしけ込んで、
大いに気炎を揚げたのはいつもの通りである。
主宰が所用で懇親および反省会を欠席されたのは残念なことであった。


 

林火の1句

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              林火一句鑑賞                   
                            大木満里

       路次ふかく英靈還り冬の霧

昭和13年作。
昭和12年、日中戦争が始まった。13年には「国家総動員法」
前書きに、「教へ子の英靈つぎつぎ還る」、とある。
重く、深い哀しみにみちた実景の句である。

                 空


神奈川県立商工実習学校の教師として、戦地から還る白木の箱を、
見つめている作者。
白木の箱を覆う、「冬の霧」は、重く、冷たい。
路次(道筋)の奥深く、つつましく生きる、戦死した若者の家族の、
声に出してはならない、声にならない慟哭さえも、胸に響いてくる。
それは、作者の哀しみでもある。
しっかりとした定型でできているのは、哀しみを胸におさめようと
しているかのように思えてくる。

かつて「本買へば表紙が匂ふ雪の暮」(大正15年)と、
若き日の溢れる感性を詠った林火である。
そこには、青年のもつ希望とロマンチシズムががあった。
林火の自宅には、多くの学生が集ったという。

                     電線

                          
戦死した若者は、在学中に、林火と文学について語ったことが
あったかもしれない。
あるいは、俳句を作ったことがあったかもしれない。
あるいは、𠮟責をうけたことがあったかもしれない。
必死に勉強をしていたかもしれない。
かっての林火のように、友人と授業をエスケイプしていたかもしれない。
笑い、泣き、怒り、思索し、希望はこれからだったはずである。
この「冬の霧」は、さらに深く重く、泥沼化していく。
林火の、人間として教師としての誠実さが、滲み出ている句である。