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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

今回も関山さんが、主宰の句を読み解いてくださいました!!

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中西夕紀の句鑑賞  「都市」六月号より  
              
関山恵一(春野・丘の風 所属)
  
 
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涅槃図の中に潜める絵師の顔 

ほとんどの寺院に掲げられている涅槃図。
涅槃図には多くの菩薩や弟子、善男善女、動物などが描かれているが、
数多くの涅槃図の中にはもしかしたらそれを描いた絵氏が
ひそかに自分の顔を入れているのもあるかもしれない。
この句の作者の想像か、あるいはそうした涅槃図を実際に見たのかもしれない。
非常に面白い着想だと思います。

    紅梅に廃寺は墓を残しけり
 
廃寺は廃止された仏教寺院であるが、跡形もなくなっているもの、
無住寺となってなお存続している寺もある。いずれにしても、
仏教活動はされていないが、墓だけは残っている。供養する僧はいないが、
墓の所有者はしかるべき日には供花を持ってい浮くのであろう。
ぽつりと供花のある墓の横には紅梅が咲いている。
さりげない景に無常を感じる作者のやさしさ。

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鎌倉の砂付いて来し干若布 

鎌倉には材木座をはじめとして、五つの海岸がある。
そこでは春先に若布を採り、湯がいて浜に干し、風に当てる。
地元で買ってきた若布に少し砂がついている。風にあおられた砂が
ついていたのであろう。春先の鎌倉の海岸に並ぶ干し若布の景が浮かんで、
若布の香りまで匂ってくる。

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九体仏おはす明りや春障子 

京都の浄瑠璃寺の九体仏が有名であるが、東京在住の作者は世田谷奥沢の
九品仏浄真寺であろう。三つの堂にそれぞれ三体ずつ安置されている。
ここには三十三観音、閻魔、奪衣婆、六地蔵があり見どころが沢山ある。
作者が訪れた九体の納められたお堂に灯が点り、それが春障子に透けて見えたのでしょう。
春の優雅なひと時。 〈これは浄瑠璃寺で作った句です。作者註〉

    切株に座れば斜め鳥帰る 

山を散策すると、間引きするために切られた大きな木の切り株に出会う。
ちょっとした斜面の切り株はたいていやや斜めに切られている。
一休みのため座った切り株もやや斜めであったのでしょう。
一息ついて風の音、鳥の声に耳を傾けていると木々の間の空に
北に帰ってゆく鳥が見える。一抹のさびしさを感じる句です。

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第3回 関山 恵一さんによる主宰の俳句の鑑賞です。

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         関山恵一さんによる 「都市」十月号の中西主宰の句の俳句鑑賞

                                        
   ほうたるに二合半酒となりにけり 
 
 いいですね!蛍の出を待つひととき、期待に胸を躍らせながら酌み交わす
熱燗の新走り。「未だ出ない?」などと話しながらついつい一合が二合に・・
さぞかし良い吟行でしょう。

   放鳥の一羽戻れる青田かな

佐渡での朱鷺の放鳥の景が浮かびます。
平成二十年に最初に放たれた朱鷺が戻って子を産み、
平成二十六年にはその孫世代となる朱鷺の誕生が伝えられました。
ていねいに育て、放った朱鷺が戻ってきて青田に白い姿を見せた時の
喜びが表れています。
 
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      星見えぬ街となりけり金魚に灯
 
「東京には空がない」と言った智恵子の詩の通り、煤煙が少なくなったとはいえ、
東京の空は相変わらず鮮やかに星を見ることが出来ない。
星の見えない夜を家に戻った作者が金魚の水槽に明りを灯す。
可愛らしい金魚が作者の帰宅を喜び、寄ってくる。
ほっとする作者の気持ちの読み取れる句です。

     緑陰の男女のどれも恋に見ゆ
 
 猛暑だった今年の夏、公園の緑陰には涼を求めて多くの人がいる。
なぜか皆カップル・・、若き日を思い出してどのカップルも恋人同士のように見える。
「もう一度あの時代に戻りたい」と思っている作者の気持ちが若々しい。

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   捨て猫に日数の汚れ月見草 
 
 自宅の近所に時々姿を見せる捨て猫、「もうこんなに大きくなって・・」
数々の修羅場をくぐってきたのか随分汚れている。
いや、修羅場でなく数々の恋を経てきたのかも。
「月見草」の花言葉は「移り気な恋」、別名は「待宵草」、
夜な夜な新しい恋を求めてさまよってきたのかも・・
「日数の汚れ」が良いと思ます。
    
   筆圧にペンみしみしと雲の峰 

  日々添削、作句、原稿書きとペンを話すことのない主宰の生活。
今日も空は入道雲がもくもくと湧き上がり、夏日の快晴。
外の空気をいっぱいに吸いたい作者の気持ちに反してまだ書かねばならないことが
山ほど、思わずペンを持つ手に力が入っている。「みしみし」の措辞が秀逸。

              


                           

関山恵一さんによる、主宰(都市八月号)の俳句の臨場感溢れる解説です!!

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「都市」八月号 中西夕紀主宰作品鑑賞   


関山恵一(春野同人)
  
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 沈めあるペットボトルや子供の日
 
ペットボトルを沈めたのは、水の中では浮いて来てしまうだろうから、
おそらく砂の中だと思う。砂浜ではなく公園の砂場かも知れない。
子供の日の夕方、子供たちが帰った後の砂場にペットボトルが首を出している。
作者の胸には、残されたペットボトルから子供たちの笑い声や
笑顔が聞こえてくる。微笑ましい句。

   
死の前に若やぐ人や桐の花 

癌を宣告された人であろう。最近では癌を告知するのが普通になっている。
癌という病気は死の直前まで元気に振舞うことが出来る。
山に登る人はやまに、音楽をする人は音楽を、俳人は俳句を。
残されたいのちをどのように過ごすか、その本人が決める。
作者の知人は、若返ったように元気に日常生活を送っている。
「病気になってからの方が元気になられ、むしろ若返ったよう…」。
「桐の花」の斡旋が素晴らしい。

   
墓に来て泣いてゐるなり草蛍 

墓に来て泣いているのは作者であろう。
草蛍は古く中国で夏季に腐った草が、暑さに蒸れて蛍となったとされている.
はかない命をかがやかせる蛍。親しい人の墓参りに来た作者、
小さな蛍が墓に植えられた気にとまっているのに気付き、
「あ、この蛍も泣きに来てくれたのだ…」と心を打つ
「鳴く」ではなく、あえて「泣く」を使ったところに作者の気持ちが表れている。

   
ビル一面雲のひろごる祭かな 

祭の日、素晴らしい夏空。東京が江戸になる祭の日、
わっせー、わっせーと力強い声が響いてくる。
ふと、目の前のビルの大きな窓に大きな峯雲が映っている。
祭の掛け声とともにだんだんひろがってゆく夏の雲。
近代的なビルも江戸の建物になって共に祭を楽しんでいる。

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鯛ほぐし大骨小骨南風 

鯛はなかなかに骨の多い魚である。ただ、鯛の骨は比較的大きいので取りやすい。
ほぐしていると、「鯛の鯛」と言われるものを探すのも一興である。
魚が胸鰭を支えたり動かしたりする際に使う骨の俗称で、
魚の肩甲骨と烏口骨の部分をそう呼びます。
なぜそのように呼ばれるかは、その骨の形が魚の形をしているから。
これを洗って財布の中に入れるとお金が貯まると言われている。

   
水中に光走れり箱眼鏡 

箱眼鏡は箱の底に凸レンズをはめ、水の中を除くと水中がはっきり見え、
魚や貝を捕るのに使う。この場合は作者が小さな箱メガネを使って
水の中を除いているのであろう。水の上からと違って
美しい水中の景色が広がる。きらり、きらりと光るものは,
おそらく水中を走る魚であろう。
目の前を光らせて過る魚に作者は感動、驚きを隠せない。
 
             
                          

菜園さんによる、主宰の句集「朝涼」の鑑賞です!

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        主宰の句を鑑賞して


                    金子 菜園

主宰の句を鑑賞して感想を述べよ等と恐れ多い宿題を頂いたものである。  

主宰の句を初めて知ったのは、歩み句会からざぼん句会へ移り、
第三句集「朝涼」を手にした時のことである。  
今回は数多い句の中から、私の好きな三句を選んで
鑑賞したいと思います。

     人白し若葉の下を通るとき

立夏を過ぎるころ、山々の緑は濃くなり、
太陽の光は一段と強さを増してくる。
そして木陰を歩く時、樹木に透過された光
は白色となって人を照らすのだ。
光の微妙な変化を、間接的な表現をされて素晴らしいと思います。

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     花惜しむ飲食あはき僧とゐて

花はソメイヨシノのような華やかな種類ではなく、
おそらく遅咲きの桜の散り際を眺めているのでしょう。
「飲食あはき僧」が全てを語っていて、高潔な僧との
静かな時の流れが感じられます。
小さなときめきと清潔感が溢れる句と思います。

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     その人とゐて蚊柱の懐かしき

「その人ーーー」。若い頃の恋人に違いない。 
そして今、思い出の公園で再開した。
若い頃には蚊など気にならなかったのに、今になると、
二人には蚊柱もまた懐かしい思い出なのだ。

新人のあやさんの登場です!

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  「朝涼」を拝読して  
                       甲光 あや

      鷹の空鷹の心の澄みわたり

何一つない、何も遮る物の無い、高い天空を羽をいっぱいに広げて
悠々と浮かんでいるような鷹には、行きたい所へ行けるであろう事
への、羨望の思いを覚えます。心地良さを感じ、そして誰かの化身
では無いのかと思えます。

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父亡くば煮豆のあらざる帰省かな

嫁しても実家に父母が健在であれば、里帰りの折も
食事を囲んで話せる喜びがあります。
そして食卓には、お父様の好物の煮豆がいつもありました。
しかし、お父様亡きあとは、御相伴に預かっていた煮豆は食卓にはないのです。
お父様の好物の煮豆をだすことで、無くなられた寂しさが伝わってきます。

この足袋を穿かさば父よお別れか

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丁寧にゆっくりとお支度をなさったご様子が見えて参ります。
そして、経帷子に身をつつまれているお父様に、
いよいよ、足袋をお履かせすることになってしまいました。
最後にこの足袋をお穿かせしたら、もう、お父様に逢うことは
かなわないのだという思いが切々と語られています。

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