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俳句でおしゃべり-都市ー

〜「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。〜
ざぼん句会で実践している、LINE句会の紹介です。 2020.04.03
久しぶりに良さんのショートショートです。 2020.03.09
暖冬の2月の吟行です!! 2020.02.13
イベント部より 2020.01.27
今年の新年会は、早々と5日に開催されました。 2020.01.26

今回も,ざぼん句会のメンバーの、句を紹介します!!


           都市の一句(40)       田中 聖羅

      蟇おはす日本大通りの夜更け    山中 あるく


山中あるくさんは、「歩み句会」を経て、都市の会員になられ、
既にいろいろな句会に顔を出されていらっしゃるが、
「歩み句会」への欠席投句も続けられている。
めったにお目にかかることはないが、夏のある日、電話をいただいた。

俳句の話ではない。あるくさんはある写真家の
作品の現像現場の助手をされたのだと言う。
現像液から浮かび上がる映像、それを取り上げる
大きな作業、その手ごたえの実感を興奮気味に話された。
その方々の展が開かれているという。

次の日、その展を拝見しようとおもい、横浜の
みなとみらい線の新高島駅を目指し電車に乗った。
あるくさんに一報すると感激してくださり会場で
会うこととなった。

                       カフェ


新高島駅の地下に各美術家のアトリエのような展が
開かれていた。長年,画布に向かっていた私には
慣れ親しんだ光景であった。
あるくさんが助手をなさった写真家は、既に新進として
活躍されている魅力ある女性だった。そして、あるくさんと私は、
俳句ではない空間で一緒の時間を過ごしたのである。

掲句は、次の「歩み句会」にさっそく出されていた。
きっと展覧会の打ち上げで帰りが夜更けになったときの
一句だろうと直感した。
その夜更けは、何か果たした後の充足感に満ちていただろう。
日本大通りは、横浜関内の日本大通り公園である。
風通しのよい広々とした通りであり公園でもある。
そこに一匹の蟇を捉えたそのとき、あるくさんは、
まぎれもなく俳人として蟇に敬意を表した一句を
仕立てたのだ。諧謔性ありの評もあったが、「蟇おはす」には、
なにか素直で大らかな、あるくさんの味わいがある。

                   蝦蟇


「都市」10月号の「趣味燦燦」にあるくさんの
「ゆるゆる鑑賞・美術の場合」の文があり、美術への傾倒が
長いことが読みとれる。
あるくさんの新鮮な感覚は、いろいろな場での実践や
感動から生まれるものなのだろう。
その感性を表現に繋げてゆく・・・その道を、
あるくさんはもう歩み始めている。


   

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新人の方々頑張っています!!

都市の一句
            山下 文

      夜明け待つ秒針ひびく春の闇     森  茜


「歩み句会」で席を並べ、ご一緒に「都市」に入会した、
森 茜さんの一句である。
闇と聞くと「一寸先は闇」が頭をよぎり、
どうにもならない暗く重いイメージがある。
しかし、茜さんは、「春の闇」を季語に使われた。
この闇は春の夜の明るさを含んだ闇であることを知った。

闇


上五と中七で、痛々しく夜明けを待つ作者の心情が、
読み手に充分に伝わってくる。そして、下五の季語から、
明日になればこの闇に光が射して、少しずつ明るいものに
なってくることを知らせている。
季語の使い方が上手だと思った。

この頃、茜さんは、足の手術をなさった。
手術前の不安いっぱいな夜を詠まれたのか、術後の激痛に耐え、
ひたすら夜の明けるのを待ったときを、詠まれたのか・・・。
秒針だけがひびく部屋で、朝の光を待ち、騒がしく聞こえてくる音や、
声にさえ救いを求めたくなる心境であっただろう。
ちょうど同じ時期に指の手術を受けた自分を重ねていた。

季語には、言葉の奥の深い働きと、広大な空間と時間が内臓されている。
これらをよく理解され勉強されている茜さんだと思う。
次の句も季語が効いていて、私の好きな句である。

     梱包のプチプチつぶす星月夜      森  茜
                                                芒


ほどよい力でプチプチとつぶす、その音は後を引く気持ちの良さがあり、
結局最後の一つまでつぶしてしまう。ここで、使われた季語「星月夜」に、
穏やかな日常を取り戻された茜さんが見えて、嬉しくなった。
日々、あれこれあり、スランプもありですが、良き句友として、
これからもよろしくお願いいたします。

今回も素晴らしい新人の紹介です。

       都市の一句
                     田中 聖羅

       入学や自立の朝のカップ麺    山下 文


「都市」の会員になられて一年、「歩み句会」在籍の山下文(あや)さんの
近作である。
折しも「都市」8月号誌上にて、中西主宰の選評を得られた句でもある。
「入学や」で切り「自立の朝」と展開し、着地の「カップ麺」が嫌味なく
響いていて歯切れのよい一句となっている。

                     たんぽぽ


掲句の自立の主人公は、お孫さんである。大学に入られ、
寮生活に入られたのだ。
今日から自立だと意気込み、朝食にカップ麺を自分で作ったのだろう。
背後に家族が見守っている。いよいよ出発という朝の光景を切り取り、
まさに「今」を詠まれている。
若い人の出発を見守る心の幅というか、奥行きが感じられるし、
ちょっと面白がって
いる視点や距離感も感じられ、なかなかなのである。
なにより、この光景を俳句にしてみせた・・・ことに感嘆した。

文さんは、そのお人柄のように、誠実に句を詠まれてこられていて、
人真似などとは無縁である。
ご自身の日々の中からテーマを掬い上げ、句に仕立てる努力をなさる。
きっと、何事にも誠実に向き合われていらっしゃるのだろう。
これまでを振り返って2句。

      ふるさとの水無き川や姫女苑    文(2017年 8月)

              川


      野に下りし星の如くや霜の花    文(2018年 2月)


                                                霜


これからも、俳句の道をご自分のペースで邁進なさるにちがいない。
そしてある日、初心者でなくなる日を迎えるのだろう。
「都市」が、それを支えている。
私も句友としてながくおつき合いいただきたいと思っている。

都市の1句です。新人ライターが続きます。

           都市の1句(47)

                        中尾文月


      磨かれし下乗の石や秋日影        木村風子 

この句をなぜ選ばせて頂いたかというと、「下乗の石」に
目が留まったからだと思っています。
「下乗の石」があるのだから、由緒ある社寺であろう……、
と直接句の感想を述べるべきかもしれませんが、
ここでは作者の人柄についても触れていきたいと思います。
作者の木村風子さんとは、二度吟行を共にしたことがあります。

                   ギボシ


その時、先生方が教えてくださることはもちろん、
先輩の方々の木々や花の説明を一言一句漏らさぬようにメモし、
自分のものにしようとされていた姿が印象に残っています。
対象となるものへのしっかりとした観察や知識を下敷きにして
句を作られる方なのだと感じました。

この句もおそらくはまず石に目を留められ、その何であるかを
調べられ、この句を作られたと思います。
ご存知の方も多いと思いますが、「下乗の石」の「下乗」は
社寺などの境内でその場所以内は車馬の乗り入れを禁ずるところです。
そこに石を置いてあることからこれは貴人への対応だと思われます。

                         山門


また、「磨かれし」とあるのですから今でも大切にされていることも
感じられます。とは言え、華やかな社殿ではなく「石」に注目された
人柄に心惹かれました。
平素は感性鋭く迸るような勢いを持つ句に目を奪われがちな
私ではありますが、感性の点と点をつないでいくタイプの人にはない、
きちんとした広さを持つ面を作って後に少しずつ前進される風子さんを
素晴らしいと感じています。

私は彼女が後退することの少ない句作りをされてゆくことをとても
うれしく楽しみに思っています。
僭越ながらこれからの彼女の句に期待をしております。


                                  

新人の詩江奈さんによる、都市の一句です。

                都市の一句(45)
                 茂呂詩江奈

         秋霜や昔小町のよだれ拭く     中尾文月


この句は句会で絶賛された句である。 
綺麗ごとでは済まされない「現実」をドーンとぶつけられた思いがする。
「小町」という言葉と「よだれ」という言葉の並列にドキッとさせられる。
何か見てはいけないもの、聞いてはいけないものを目の前に
突きつけられた感じがある。 

                      小野小町


作者の中尾文月さんは10年ほど前にお母様を亡くされた。 
この句はそのお母様を詠んだ句である。 お母様は評判の美人であった。 
そのお母様をこういう形で詠めるようになるまでには
多くの時間が必要であったと思う。 ご本人も「やっと今になって
母のことが詠める」とおっしゃっている。 お母様に対する深い愛と
それ以外にも、少し複雑な気持ちがあるのかも知れない。

年を取るということは残酷なものだ。 自分では制御できない部分で
“負”の重荷が降りかかってくる。 そして、自分にはそれが起こらないという保証は
どこにもない。 その負の重荷と、以前の状態の差が大きければ
大きいほど、周りの家族は衝撃を受け、苦しむことになる。 

            トンネル


文月さんと私は「あゆみ句会」の同期入会者である。 
同期であるということで、親しくお話をする機会を得た。 
彼女はとても優しく、思いやりのある人なのでその悲しみと
苦しみはいかばかりだったかと思う。 その悲しみや苦しみを乗り越えると、
当時の自分を客観視することが出来るのではないだろうか。

「昔小町」という言葉は彼女の創作である。 “負”の重荷を担う前のお母様をどう表現しようかと、
色々考えた末に出てきた言葉だと伺っている。
語彙力の豊富な彼女だからこそ出来た言葉に違いない。 リズムもとても良い言葉だと思う。 
また、文月さんの発想は私にはとても良い刺激になる。 
都市の12月号の彼女の句の中に「漫ろ神」という言葉があった。 
一体誰がそんな言葉を思いつくのだろうか。 そんな彼女の発想を
私は好きだし、今後も彼女から学ぶことがとても多いと思っている。