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俳句でおしゃべり-都市ー 「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

稚さんが、新同人の斐霞さんの紹介です。

         都市の1句(54)    林 稚

      花蕎麦の風の寄せ来る白さかな   丸山斐霞
 

 
             そば畑
        
 斐霞さんと私は同郷です。(私の生まれは東京なのですが、
幼い頃から「信州」と縁があり嫁いだ先も「諏訪」でした。
なので私の故郷も「諏訪」なのです。)

 この句は蕎麦の白い花が一面風にそよいでいる光景で、
故郷を鮮明に思い起こしてくれます。広い真っ白な蕎麦畑、
そして蕎麦のあの歯触りも。蕎麦の花一本は美しい花ではありません。
でも、蕎麦畑一面の蕎麦の花の揺らぎが美しさを呼び起こすのです。

                       蕎麦


 勿論、心惹かれる句はまだいっぱいあって、どの句も大胆で繊細です。
さらりと読んでいるのですが「そうか、こう読めばよいのか」と
教えてもらえる句ばかりです。でも、私はこの、蕎麦の句が好きです。
 
 斐霞さんはダンディーな気遣いのある素敵な紳士です。
ユーモアもあり、知識も豊富です。気さくな人で、ざぼんでも率先して
きびきびと動いています。でも、実はものすごく偉い方で、
神奈川県シニアソフトボールの理事長さんなのです。
そんなことを全然感じさせないのも斐霞さんの人柄なのだと思います。
斐霞さんがざぼんに現れたのは最近なのです。
(「都市」との関わりは結構古くからあるようですが)なので私は、
ざぼんで月一回顔を合わせ、二言三言言葉を交わす程度です。

 そしてこれも月一回のパソコン句会があります。
「取らなかった句」の批評を書いてくれます。斐霞さんの博学が
大いに発揮されます。この批評はとても勉強になります。
 
 大きな組織を束ね、俳句を作る斐霞さん。
どんどん器も大きくなっていくのでしょう。そんな斐霞さんを見て、
私も「よし、頑張ろう」と(すぐへこたれるのですが)思います。

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都市の1句です。稚さんの人柄も伝わります。

   都市の1句 (53)    平澤ひなこ

     子の向けば亡夫(つま)居るごとし秋の虹    林 稚

「子の向けば」は呼びかけると「何」と振り向いた子か?
「母さん」と呼びかけるため振り向いたのか?
成人した子の声や表情や仕草のすべてが、亡夫に酷似していたのだ。
思わず「お父さん」と呼んでしまいそうになって、一瞬、亡夫との
思い出が走馬灯のように浮かんだのだ。
季語の「秋の虹」のはかない美しさが、ぴったりの幻想的な句である。


鳩


 稚さんとは、あゆみ句会からざぼん句会と五年余り句会を
共にしている。稚さんは自分の時間をボランティア活動や習い事に
いそしみ、超多忙な日々を送っているため、月一回の句会と吟行の折に
言葉を交わす位である。
だから、句を通して人となりを想像している。

 この句は、稚さんの多くの「夫恋い」の句の中では青春というか
甘く切ない。他の句では感傷に浸るばかりでなく、気質なのだろう、
骨太でたくましいところがある。「どっこい生きている」感じである。
足を地に着けて確実に前進している。初心者の歩み句会から、
スッテップアップを目指して、早くにざぼん句会に入会した程
やる気のある人である。そんな稚さんには、「夫恋い」以外の句も
感性豊かで、楽しい句が多くある。

                                     夫婦


 稚さんの「夫恋い」の句は、句会に出される度に、その若々しい
感性が読者の心をぎゅっとつかむ。自分をしっかりと中心に据え、
心の中で夫を感じる日常を「生きている」のだ。
今、「夫恋い」の句集を編んでもらえたら、きっと癒されるだろうなあ。

檸檬さんによる、虫好きのひなこさんの句の紹介です。

              都市の1句 (52)           小寺檸檬

       草の穂を螇蚸抱へしまま乾き      平澤ひなこ


 野原で見つけた光景だろうか。草の穂を食べているのだろうかと
そっと近づいてみると、螇蚸は穂につかまったまま命尽きていた
というのである。草むらの中でひっそりと土に帰るはずの螇蚸
も時にはこんなふうに命が終わることがある。

                                  木にバッタ


 この句を読むと螇蚸の生に対する執着と最後まで全うしようとする
力強さを感じる。作者もきっとそこに惹かれて思わず句にしたのでは
ないだろうか。
「抱きしまま乾き」という表現がとても上手い。螇蚸の思い、
それを見つけた時の作者の感動が胸に迫ってくる句である。

ひなこさんの句には虫や鳥など動物を詠んだ句がたくさんある。
そしてどの句も「こんな場面をよく見つけたな」と思う句ばかりである。
とにかく観察力が半端じゃない。私などは見逃してしまうような
一瞬を捉えて作った句が多い。これはじっと観察しているからこその
気づきだと思われる。

          鳥


 ひなこさんはきっと限りなく愛情を持って自然に
接している人なのだ。だからこそ自然にすっと溶け込んで自然と
一体になる瞬間があるのではないだろうか。

 ざぼん句会でご一緒するようになってたくさんの句を拝見したが、
どの句にも夕紀先生がいつも大事だとおっしやっている『発見』が
あるので感心させられる。
 
 一度真似をして我が家のベランダの野菜に留まった虫を観察した
ことがある。ちょっとずつ虫の様子に興味が湧き2~3日すると
まだいるかなと愛着さえ湧いてきた。
そして一句作ることができた。ひなこさんに感謝である。
句会でご一緒できて本当によかったと思っている。

                                   蟷螂
  

 これからどんな句にお目にかかれるかとても楽しみであると同時に
もっとたくさんのことを学ばせて頂きたいと思っている。

唯さんが語る檸檬さんの俳句です。

       都市の一句(43)

     バス降りて真っ先に来る稲穂波     小寺檸檬


                         案山子


正に映像が鮮やかに浮かんで来る素晴らしい句。
主宰も誌上で印象鮮明と評しておられるが、檸檬さんの代表句になる
「都市の一句」だと思う。「真っ先に来る」の中七が実にいい。
簡単な言葉であるが、実感に勝るものはない。作為的でなく、
瞬間に出来たのではないだろうか。俳句の神様の贈り物。
着地の「稲穂波」が溢れる故郷愛に満ち満ちている。
故郷を慈しむ想いが押し寄せるようだ。バスを降りた途端の風、匂い、
音等々五感に訴えて来る。それと同時に豊作の安堵感も感じられる。

因みに私の場合は、バスを降りて真っ先に来るのは鰻を焼く匂い。
これは美しい詩にはならないが、絶対食べよう等と考えながら
ぶらぶら歩いて行く。

この句のみならず都市十二月号の檸檬さんの句は、
どれも味わい深い句が揃っている。
今まで隠れていた想いに表現力が加わり突破口を開いたと思う。

               田


更に十二月号掲載「季語の風景」を拝読し、故郷への想い、ご家族、
人となりまで垣間見え納得した。
実に心打つ暖かい文章だった。本当にいい背景を持っておられて
羨ましい限りだ。檸檬さんとはざぼん句会、ライン句会で一緒だが、
一句一句丁寧に講評され、真摯な姿勢に学ぶ所が多い。

今まで「れもん」ってどう書くの?と考えていたが、お陰様で?
この数年の内にすっかり習得できた事も報告したい。
故郷をバックボーンにして更に更に鮮やかな句を作って頂きたい。
楽しみしている。

今回の都市の一句は積さんです。親しい和さんが語っています。

               都市の一句 (43)
                            高見 和

    命日や真紅の薔薇を束にして  長谷川 積
 
  
 私の心に残る一句である。
都市古典俳句勉強会で詠まれた句。『都市』10月号に掲載されている。
「薔薇」は、花の女王である。その中でも真紅の薔薇を詠んでいる。
「愛」の象徴ともされる薔薇。花言葉は、「愛」だけではない。 
その本数や色、部位、状態や組み合わせによっても変わってくるようだ。
また、「薔薇」は、トゲのある低木の総称である「いばら(茨)」が、
転訛したものと言われている。今では、愛と美の象徴として
扱われてことが多い薔薇。古くから想い人への気持ちを伝える花として
用いられている。

                                   薔薇


積さんは奥さん想いである。家庭は、二人のお嬢さんと共にまさに
『バラ色の人生〈ラビアンローズ〉』の生活を送っていらしたに違いない。
突如、その家庭に不幸が舞い込んだ。二人の娘を残して、
奥さんが不治の病で帰らぬ人となってしまったのだ。
鎌倉にあるお寺を菩提寺として、毎月命日の17日には
お墓まいりを欠かさない。

                                 霜


 この句、特に「真紅」が良い。「真紅」は濃い紅色。正真の紅色。
「深紅」である。真紅の薔薇は、「愛情」、「美」、「情熱」「熱烈な恋」を
意味するようだ。「死ぬほど恋焦がれています。」という花言葉もある。
通常は、カラフルに赤色、白色、ピンク色を混ぜそうなもの。
また佛花は、通常白いバラを供えることも多いようだが、積さんは
「真紅」のみの薔薇を供えている。

「薔薇を束にして」の表現が、また良い。一体何本を束にしているのだろうか。
九本か。二十四本か。 積さんの奥さんに対する愛情の強さが伝わってくる。
薔薇は美しい。奥さんは美しい。心も美しい。単刀直入の男らしい表現である。

蓮
                                     

積さんとは、玉川大学の俳句教室〈中西主宰が講師、萌の会〉で知り合った。
百人一首に造詣が深く、よい句を多く詠まれ、尊敬している。
受講中、中西主宰から「都市の句会」への入会を勧められ、共に在学中のまま、
都市「ざぼん」に入会した。この俳句教室は現在、大木満里同人が
講師で継続されているところ、コロナの影響で教室は、休講中となっている。
寂しい限りである。

この句は、彼と同じく人生の伴侶に先立たれた私の心に残る一句である。