FC2ブログ

俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

林火の1句

Posted by レオフェイ on   0  0

              林火一句鑑賞                   
                            大木満里

       路次ふかく英靈還り冬の霧

昭和13年作。
昭和12年、日中戦争が始まった。13年には「国家総動員法」
前書きに、「教へ子の英靈つぎつぎ還る」、とある。
重く、深い哀しみにみちた実景の句である。

                 空


神奈川県立商工実習学校の教師として、戦地から還る白木の箱を、
見つめている作者。
白木の箱を覆う、「冬の霧」は、重く、冷たい。
路次(道筋)の奥深く、つつましく生きる、戦死した若者の家族の、
声に出してはならない、声にならない慟哭さえも、胸に響いてくる。
それは、作者の哀しみでもある。
しっかりとした定型でできているのは、哀しみを胸におさめようと
しているかのように思えてくる。

かつて「本買へば表紙が匂ふ雪の暮」(大正15年)と、
若き日の溢れる感性を詠った林火である。
そこには、青年のもつ希望とロマンチシズムががあった。
林火の自宅には、多くの学生が集ったという。

                     電線

                          
戦死した若者は、在学中に、林火と文学について語ったことが
あったかもしれない。
あるいは、俳句を作ったことがあったかもしれない。
あるいは、𠮟責をうけたことがあったかもしれない。
必死に勉強をしていたかもしれない。
かっての林火のように、友人と授業をエスケイプしていたかもしれない。
笑い、泣き、怒り、思索し、希望はこれからだったはずである。
この「冬の霧」は、さらに深く重く、泥沼化していく。
林火の、人間として教師としての誠実さが、滲み出ている句である。

スポンサーサイト

参加してみました!

Posted by レオフェイ on   0  0

      俳人協会の「第五十七回全国俳句大会」に参加して   
                         永井詩


中西主宰がジュニアの部の講評をなさるということで、
何人かで有楽町で待ち合わせ、大会に出席した。
会場へ向かうとなんと大勢の方が、受付に列をなしていてまずびっくり。
会場も人で埋まっていたので、盛況ぶりに驚く。

いただいた選句集をパラパラめくると井出あやしさんの名がある。
     畑焼きて焦げし自転車あらはるる
あやしさんらしい、なにやらおかし気な句である。(御目出とうございます!!)

                   haikutaikai


大串会長がご病気で今瀬副会長のご挨拶でいよいよ開会。
次々と選句なさった先生方の講評が続く。
長時間なので壇上の先生方の疲労が気になる。
選句された句は、さすが、一万三千三百六句の中から、選ばれた句である。
句柄が大きく、格調高く、共感力が高いと思った。
読んでいて気分が良くなる句が多い気がする。
そして作者の心が出ていると思う。
これに比べて、私の場合句材が小さすぎるなあと反省。これでは共感力がないと。

大会賞では、
    春闘に挙げたる拳老いにけり   (新実欽哉)
    
    砲丸のどすんと日脚伸びにけり  (樫本聖游子)


秀逸句では
    農具市機械につよき嫁つれて   (中川正男)

    物語まだ始まらぬ巣箱かな    (石澤青珠)

が特に心に残った。
大会賞受賞者の中には、大正十五年生まれの九十一歳の方も。すごい!+
    入学の子に先生の大きな手    (河内きよし)  

大会賞の
                   犬
    
    古毛布もらう老犬クリスマス     (内山花葉)
の句で、このところ句会に欠席の、葉子さんに、我が家の犬のレオに古毛布を頂き、
愛用したことを思い出した。

嬉しいことに当日句にちひろさんとひなこさんが入選した。
 太田土男 選
    水音の語るがごとし萩の花      (鈴木ちひろ)
 
太田土男、横澤放川 選
         touka_201810021322156b6.jpg
    秋ともし文字に躓く羽虫かな(平沢ひなこ)

来年は是非、出句して、何とか予選通過を目指したいものである。
(予選通過は、全体の11,3%)
   

これまた、第三回海の俳句全国大会参加報告です!!

Posted by レオフェイ on   1  0

第3回復興いわき海の全国俳句大会に参加して

                       砂金 明 


7月15日第3回復興いわき海の俳句大会へ参加の為「都市」の会員は
中西主宰と共に21名いわき駅に到着した。
すぐに貸し切りバスで海岸線探訪へと出発。
配られた銘菓「じゃんがら」をいただき、お土産にしたいと思う。
 
海岸線を走るが、完成した堤防は嵩上げされ高くて海が見えない。
斜面に小さな松の植樹された防潮堤に登る。昼だが水平線を海霧が覆い
海が見えない。だんだん海霧が陸へ流れ、いわきの海が現れた。

この穏やかな海が7年前テレビで見たあの黒い海なのかと息を呑む。
バスは南下し塩屋埼灯台へ。灯台下には海水浴場が広がり
ビーチパラソルが咲き家族連れが楽しそうだ。
2年前はただの海岸でこの景はなかったとの事。
復興とは平凡な日常を取り戻す事なのだ。

                        大祓

 
最後は小名浜にて東日本大震災慰霊鎮魂・復興祈願の千度大祓を見学する。
海に向かい姿勢正しく汗の無い神官の卵たちの姿が印象的だ。
 
7月16日海の俳句大会が開かれ当日句のアクアマリン賞に
「都市」会員の2句がみごと輝いた。

  板チョコのやうな少年夏の海  高木光香
 
  老鶯や防潮林の松若し     小杉月夜

                          shikai.jpg


2日間お世話なった皆様、プロジェクト傳の山崎祐子様有難うございました。
高い志と熱い心に敬意を表します。

「第三回海の俳句全国大会」のに参加しました!!

Posted by レオフェイ on   0  0

           復興いわき「海の俳句全国大会」へ
                          小林たまご

 
山国育ちの私は、海へのあこがれと畏敬の念を持っていた。

風紋の美しい白砂、多くの命を、飲み込んだいわきの海。
その「いわきの海」を見てみたいと、「復興いわき俳句全国大会」に
参加した。

                    灯台



いわき市の海岸線は全長六十キロにも及ぶ。その北部道山(どうざん)林(ばやし)は江戸時代に出来た
防潮林である。白砂青松の美観、この道山ばやしは、東日本大震災では、津波の力を弱める
減災の効果があったといわれている。
津波により失われた美観が元通りになるにはどのくらいの月日がかかるのだろう。
防潮林では植栽された小松が残された松に身を寄せ合っているようだった。

    老鶯や防潮林の松若し      小杉月夜

    白南風や防潮堤の松の笛    三森 梢

    炎天や海をさへぎる防潮堤    大木満里


すこし内陸に入った諏訪神社には、倒遺した大鳥居や、瓦礫となった
石造物は処分されるところだった。
大津波を後世に伝えるモニュメントにしようと、神社前に「渚の景色」が
作り上げられていた。

塩屋崎灯台は全国に十五基ある「登れる灯台」の一つ。その美しい姿も地震で
甚大な損壊を受けた。灯台に続く急な階段をフーフーと汗をかきながら登った。

    塩屋崎灯台下のかぼちゃかな      高木光香

    昆布持ち生物学者海の日や       小林たまご


                    先生



吟行を終えて海への畏敬の念はうすらいでいた。

今回は、中西主宰は当日句の選者でした。
「都市」からは二十一名が参加した。

現代俳句勉強会には、平日なので不参加のわるさんが、後藤比奈夫の句を鑑賞しています。

Posted by レオフェイ on   0  0

        後藤比奈夫の俳句
                      吉川わる

      雨の中訪ね來し家の水中花  

DSCF5518.jpg

最近心がけているのは、助走のない句である。
と言ってもわかりにくいが、前提とか条件のない句のことだ。
前提があると作為的になってしまうように思え、また、一句の情報量も多くなる。
掲句で言うと「雨の中」が前提であり、「○の中」というと説明っぽくなるはずだが、
この句に限っては気にならない。
「雨だれや訪ね來し家の水中花」と直してしまうと切れが良すぎる感じがする。
掲句のリズムはくせになるのだ。
 
後藤比奈夫(敬称略。以下同じ)の第一句集『初心』には、
上五が「や」で切れる句は数えるほどもなく、句中に切れのある句自体が少ない。
それでもこの句が緩くならないのは、イ段の連続により発音しにくい“kisi”( 來し)
という二音が“yano”( 家の)という素直な二音につながることにより強い
アクセントが生まれ、それを体言がしっかりと受け止めているからだ。

『初心』からもう一句挙げてみる。
  
      お水取見て來し睡き人とをり 

RIMG0045.jpg


この句も中七の“mite・kisi・nemuki”( 見て來し睡き)に
ホップ、ステップ、ジャンプのようなアクセントがあり、
しかも「睡き」には意味上の飛躍もある。連体形がイ段となる文語の効果に
よるもので、「お水取見て来た睡い人といて」では俳句にならない。

 最後に「雨の中」の句について内容の鑑賞もしてみよう。
雨の中を訪ねた家は、昭和二十年代後半であり、鉄筋コンクリートではなかろう。
家の外も内も雨の季節なのである。「いきいきと死んでゐるなり水中花」と
詠んだのは櫂未知子だが、掲句の水中花はいきいきとはしていない。
しかし生きている。潜めても呼吸を止めないのだ。

このカテゴリーに該当する記事はありません。