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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

「俳句界の頭脳」のあの筑紫磐井さんが、「都市」のために講演会をしてくださいました。

Posted by レオフェイ on   0  0

            七海



「持統天皇と万葉集」を聴いて
               酒匂了太

4月25日、「都市」の結社誌に「俳句の歴史入門講座」を
連載して下さっている筑紫磐井氏による講演会があり、
「都市」の仲間20数名と一緒に聴いた。

テーマは「持統天皇と万葉集」。
配られた資料には、古代天皇の名前がズラリ。

話は、飛鳥・奈良時代の歴代天皇史から始まった。
時代は、わが国が古代国家として誕生の後、
天皇中心の国家体制を確立していく頃である。

その中で驚いたこと。この時代の百年一寸の間に
女性天皇が7人(実質5人、2人は2回即位)も
いることである。

その一寸前の推古天皇(女性)まで含めると、
歴代女性天皇10名中、なんと8名がこの時代に
集中している。

我が「都市」同様、この時代、
女性の方が圧倒的に強かったのだろうか。
そこのところを講師に質問しようと思ったが、
男の気の弱さ、ピント外れの様で聞きそびれてしまった。

そして持統天皇、この方は、天智天皇(大化の改新時、
中臣鎌足と組んで蘇我氏を倒した中大兄皇子)の娘さんで、
叔父さんの天武天皇(天智天皇の弟で、皇子時代は大海人皇子、
壬申の乱で天智天皇の息子の大友皇子を破る)の后となり、
後にご主人を継いで天皇となった方である。

この頃、壮絶な権力闘争、内輪もめなどの一方で、
律令制度を作ったり、都を移転したり、正に激動の時代
だったが、2人で力を合わせ体制造りに邁進された様である。

天皇と言う呼称もこの2人の時代からで、
それまでは「大王」と呼ばれていたらしい。

万葉集にはこの時代の歌が多く収められているが、
歌作りもこの体制作りの一環というか、体制固めに
役立てようとするところもあったのでは。

持統天皇は、万葉集に多くの歌を残した、
柿本人麻呂のスポンサーでもあったようだ。

さて講演では、次の万葉歌が紹介された。

 春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすらし天の香具山

 八雲立つ出雲八重垣妻ごめに八重垣作るその八重垣を

 なにはづに咲くやこの花冬こもり今を春べと咲くやこの花
 

最初の歌は持統天皇のものとのことだが、
後の2つの作者は聞き損ねた。

それにしても、講師の話にもあったが、
この2歌のリズムがとても心地いい。

          筑紫小
                

あるリズム、音感というものは、我々日本人にとって
共通して心地よく響くもので、それは時代を超えて
受け継がれているのかもしれない。

これまで万葉集に関心を持ったことは、恥ずかしながら
人生60数年の間、全くなかった。これを期に、
万葉のリズムに少しは触れてみたい。
これだけのものを後世に残してくれた先人に思いをはせながら。

筑紫先生どうも有難うございました。   

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