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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

田鶴さんの「奥の細道」はついに貫徹です!!

Posted by レオフェイ on   0  0

    奥の細道を旅して

                  井上 田鶴


にんじんの会で「奥の細道」をじっくりと読み、いつか芭蕉の旅を辿りたいと
思っていた。たまたまツアーをみつけたので参加した。
2010年の4月だった。

深川から千住、日光、白河と北上し、田植えから取り入れまでの東北の景色を
楽しんだ。10月に松島、塩釜、石巻まで行き、次の年の春を待った。

3月の大震災で再開が危ぶまれたが、6月に出羽三山から始まった。

        雲の峰いくつ崩れて月の山        

雪の残る山々が萌黄色に覆われ美しい。羽黒山の石段も下りきり体力に
自信が持てた。芭蕉の滞在した南谷にも行けたし、五重塔にも再会でき、
山菜も美味しかった。

     
芹が谷公園




夏草や兵どもが夢の跡

芭蕉が一番訪れたかった平泉に行けたのは7月。
震災の被害は目立たなかったが、毛越寺の西方浄土を模したという庭園の石に
つっかえ棒がしてあった。内陸でも文化財だとい藩校がぺしゃんこになっているのを見た。

        象潟や雨に西施がねぶの花

鶴岡、酒田を経て明日は象潟という夜、宿で西施はどんな美人かで盛り上がった。
ふくよか派、痩せぎす派などそれぞれのイメージすることを話したが、やはり豊満な美女と
いうことになった。

笑いの松島に対し恨みの象潟といわれる景勝地だったが、地震や噴火により盛り上がり陸地と
なっている。稲田の中に松の生えた丘が点在する景となっていた。

        むざんやな甲の下のきりぎりす

小松の多太神社に残る甲に纏わる話は悲しい。
倶利迦羅峠で源義仲に大敗した平氏は軍を立て打って出た。
その平氏の一員として馳せ参じたのが斉藤実盛である。
かつて幼き義仲の命を救った実盛はその功績によって甲など拝領していた。
あなどられぬように白髪を黒く染めて若武者のように出陣したが討ち取られる。
名のある兵かと首を洗うと恩人の実盛だった。
義仲は悲しみながら懇ろに葬ったという。
宮司さんの名調子に聞きほれた。

       行き行きて倒れ伏すとも萩の原
        
                         曽良


体調を崩した曽良はつてを頼って先に立つ。芭蕉の前にひれ伏す曽良の石像と
哀調を帯びた山中節は忘れがたい。

2011年10月14日 雨の大垣に到着。ビールで乾杯した。
この旅の仲間とは再会を約し、何回か小さな旅に出かけている。


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