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俳句でおしゃべり-都市ー

〜「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。〜
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人間一茶の面白い特色を、一茶の文章から語ってもらいます。

    文章には山が必要だ(子規)     

               森有也
 

   五十聟天窓をかくす扇かな   
  (ごじゅうむこ あたまをかくす おおぎかな)

               小林一茶(文化十一年 五十二歳)
 

一茶の初婚相手は、二十八歳の今でいえば妙齢の婦人であった。
一茶と言えば、既に流浪生活の無理がたたって
頭髪は白いものが混じり、キセル煙草のヤニで
真っ黒になっていた歯もすべて抜け落ちた五十聟である。

一茶が何故結婚出来たのかは、異母弟と継母がせっせと働いて
増やした屋敷田畑の半分を、むりやり譲り受けることが
出来たからである。
江戸時代の長子相続制の世にあっては、女性は誰かに
養ってもらうしか生きる術はなかったのだろう。
 
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新婚の嫁は、同じ敷地の継母、義弟に気がねしながら
良く働き、一茶との間に四人もの子をなした。
しかし、結婚九年にしてこの妻菊を病気で亡くし、
ほどなく四人目の金三郎をも亡くして
再び天涯孤独の身になってしまった。

一茶は子供を亡くす度に俳文を書いている。
最も有名なのは『おらが春』である。

    秋風やむしりたがりし赤い花 (文成二年 五七歳)

長女さとの三十五日の墓参時、一茶渾身の絶唱である。
一方、石太郎を亡くした時の『石太郎を悼む』(文政四年正月)は、
妻菊に対する恨みがましい文章になっている。

「(前略)老妻菊女といふもの、片葉の芦の片意地強く、
おのが身のたしなみになるべきことを人の教れば、
うはの空吹く風のやかましとのみ露々守らざる物から、
小児二人ともに非業の命うしなひぬ。

この度は三度目に当れば、又前の通りならんと、
いとゞ不便さに、盤石の立るに等しく、
雨風さへことともせずして、母に押つぶさるゝ事なく、
したゝか長寿せよと、赤子を石太郎となん呼りける。

母にしめしていふ。『此さゞれ石、百日あまりも経て、
百貫目のかた石となる迄、必よ背に負ふ事なかれ』と、
日に千度いましめけるを、いかゞしたりけん
生れて九十六日といふけふ、朝とく背おひて負ひ殺しぬ(以下略)」。
 
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あれ程苦労をかけた妻に対しての言葉とも思われない。
一茶にはいづれの俳文においても、誇張して悲劇を
倍加させる癖があるようだ。
夜も寝ずに妻を看取った一茶なのに、文章にすると
矢も楯もたまらず山のある劇場型の構成にしてしまうのだ
一茶は根っからの文章家だったのだろう。 

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