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俳句でおしゃべり-都市ー

〜「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。〜
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勉強会で青畝を担当した、遊美さんの青畝一句鑑賞です

       阿波野青畝の一句鑑賞
                              
                       坂本遊美


       葛城の山懐に寝釈迦かな     阿波野青畝「万両」

この句碑は葛城山を見渡す
青畝のふるさと大和の高取町の小高い丘にあった。
晩秋の山並を奥にして
広がる田に田仕舞の煙が一筋上がっていた。


この句を青畝は自解して
「寝釈迦の軸を掛けた寺が葛城山中にある。
子供の時見た時大きい仏を不気味に思った」としている。

青畝は24歳の時大阪の商家に婿養子として入るが、
進学を諦めた程の難聴の身で大阪の商家の因習に慣れる事
文明ともいう石炭の煙に包まれた都会生活
妻が長期の病気療養をしている事等
忍辱だという暗い日々を送っていた。
故郷を懐かしむその想いが子供の時みた涅槃図を
「葛城山の山懐に」甦らせている。

「山懐に」が「山懐の」だと寝釈迦だけに焦点が当たるが、
「に」となると葛城山全体を見て「山懐」への想いがでる。
「懐」の言葉には自然の懐に包まれる大きさ
和服の母の懐に包まれるなつかしさがある。

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涅槃図は仏滅の図であり釈迦を囲む悲しみは
11歳の時母と死別した青畝の歎きに通じる様に思う。
そんな悲しみは胸の奥深くあるが
涅槃会の頃の田は春田となり山は芽吹き山となり
自然が心を浮き立たせてくれた事だろう。

青畝が焦がれた故郷は今なお自然の中にあった


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