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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

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2012-12-03 (Mon) 22:30

前向きな素敵な老後を、実践していらした我らが旦さんが、亡くなりました。

      山本旦さんを偲んで

                   三森 梢

手元に一枚の葉書があります。
「脚の骨折が思わぬ展開となり、癌の告知を受けました」
という内容の山本旦さんからの葉書です。

そして「お互い年に不足はないからねと言う家内の言葉に
救われました」と結ぶ2月12日付のものです。

           
          コーン



「80の手習いです」と仰りながらも直向きに
俳句に取り組む旦さんは、ご自宅近くの多摩の丘や
田畑を吟行の場とされ、四季それぞれの趣を
多くの句に詠まれていました。

又「家内の手助けになれば」という気持ちから
始められたという料理についても、白菜漬や味噌作りなど
実際に作られた方ならではの句を数多く詠まれています。


     芋洗ふ水のかたきや寒の入り

    
     白菜の黄色に化ける芯のあり


     防人の多摩の横山木の芽雨


     帽子飛ぶ風の強きや味噌作り


     冬の日や試食賑はふ豆の店


     寒の入り昨日のままの机かな


旦さんのご逝去を知ったのは11月15日の夜でした。

「ホスピスに入りましたが食欲もあり、先日は岡崎康太さんの句を
じっと読んでおりました」と奥様に伺ってから
ひと月足らずの事でした。

18日のお通夜には中西主宰はじめ12名が参列しました。

「こんなに沢山の方がいらして下さって、、、、、」
と涙を浮かべる奥様を拝見して、
何よりも奥様を大切になさっていらした旦さんへ、
少しでもお返しができたかなと思ったものでした。

     
            しずく
         


そして数日後、
「都市の皆様からお見舞いや励ましのお便りを
度々頂戴して、本人は勿論のこと家族も本当に救われました。
俳句のご縁で人生の最後を楽しく過ごせたと、
主人はいつも申しておりました。
皆様にどうぞ宜しくお礼を申し上げて下さい」という
お電話を奥様から戴きました事も、合わせてご報告させて頂きます。
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最終更新日 : -0001-11-30

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