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晧さんが、星野立子の句に、面白い考察を してくださいました。
2013/ 06/ 02 星野立子の俳句から
平野皓
仕合せはこの世の話墓参 昭和32年
寒しとはこの世のことよ墓拝む 昭和34年
死後の世界というのはあるのだろうか。
死んだあとは肉体は滅びても霊魂は
存在するのであろうか。
この疑問に対し科学的に答えられる人は
いないであろう。
ただ、現実問題として人が死ねば葬式を行う。
仏教では死者の冥福を祈ってその死後に、葬式を行い
さらに初7日、49日、一周忌、三回忌、・・・
33回忌などの法要が行われる。
神道でも葬式の後、10日祭、75日祭、
1年祭、5年祭、10年祭・・・など何年祭として
死者の御霊供養が行われる。
これらのことは生きている人間が死者の霊魂が
安定化するための冥福を祈ってのことでは
ないだろうか。
キリスト教では聖書によれば、「死」とは魂が
肉体から離脱することで、その魂は天国へ
行くとのこと。
立子の2句は「仕合せ、不仕合せ」とか
「寒い、暑い」とかはこの世、
即ち生きている間のことであり、
死後はそのような感覚はないのだと言っている。
しかし、「墓参」とか「墓拝む」と言う現実を詠ってをり、
立子は死後の世界が如何なるものかは分からないけれども、
あの世は確かにありそこには死者の霊魂が
存在すると思っている。

そしてこれらの句から、死者の霊魂に対する
畏敬の念があることを感じる。
この感覚は多くの日本人に共通することだと思う。
そしてこのことが俳句として成り立って
いるのではあるまいか。
平野皓
仕合せはこの世の話墓参 昭和32年
寒しとはこの世のことよ墓拝む 昭和34年
死後の世界というのはあるのだろうか。
死んだあとは肉体は滅びても霊魂は
存在するのであろうか。
この疑問に対し科学的に答えられる人は
いないであろう。
ただ、現実問題として人が死ねば葬式を行う。
仏教では死者の冥福を祈ってその死後に、葬式を行い
さらに初7日、49日、一周忌、三回忌、・・・
33回忌などの法要が行われる。
神道でも葬式の後、10日祭、75日祭、
1年祭、5年祭、10年祭・・・など何年祭として
死者の御霊供養が行われる。
これらのことは生きている人間が死者の霊魂が
安定化するための冥福を祈ってのことでは
ないだろうか。
キリスト教では聖書によれば、「死」とは魂が
肉体から離脱することで、その魂は天国へ
行くとのこと。
立子の2句は「仕合せ、不仕合せ」とか
「寒い、暑い」とかはこの世、
即ち生きている間のことであり、
死後はそのような感覚はないのだと言っている。
しかし、「墓参」とか「墓拝む」と言う現実を詠ってをり、
立子は死後の世界が如何なるものかは分からないけれども、
あの世は確かにありそこには死者の霊魂が
存在すると思っている。

そしてこれらの句から、死者の霊魂に対する
畏敬の念があることを感じる。
この感覚は多くの日本人に共通することだと思う。
そしてこのことが俳句として成り立って
いるのではあるまいか。
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