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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

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2013-12-07 (Sat) 22:26

ミュージシャンでもある、そのさんのピュアなブログをどうぞ!

    一句鑑賞                     

              なかむらその


  柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺     正岡子規


子供の頃から庭に柿の木があった。
両親が結婚した時に母の父が記念にと
植えてくれた木だそうだ。

        IMG_5055.jpg


今年も両親と一緒に柿を収穫した。
私にとって柿は「日本の秋」の象徴である。

高校時代をNY州で過ごした私は、
日本の高校には一年生の一学期しか通っておらず、
どうにも教養が抜け落ちている部分がある。
そんな私が昔も今も大好きなのが、
小学校の時に習った、日本人なら知らない人
ないであろうこの句である。

これは子規が脊椎カリエスの療養の際に
立ち寄った寺でつくった句だ、とか、
子規は実際には法隆寺には行っておらず
東大寺でできた句だと言われている、とか、
そんなことを知ったのはごく最近のことだ。
「法隆寺の茶店に憩ひて」と前書きがあると
言うのだから、私はそれを素直に信じたい。

句の成り立ちを知らなくても、
この句の持つ絵はがきのような美しさはわかる。
日本の秋を告げる情緒もわかる。
境内にあるのは見事に実をつけた柿の木。
見えるのは、葉の緑、柿の色、空の青。
そして作者が柿にかぶりついた瞬間、誰かが鐘を撞く。
鐘の音は青空の彼方へと響いていく。

そう、この句から感じるのは何よりも
透明な空気感と秋の青空である。
青空があるからこそ柿色が美しく映える。

         IMG_6831.jpg


NY州に着いたばかりの秋、
私は日本が恋しくてたまらなかった。
寒過ぎるからなのか近くには柿の木は
ただの一本もなかった。
そのせいか空の色も違って見えた。

今回、改めてこの句を鑑賞して気がついた。
あの頃私が恋しかったのは、柿の木の背景にある、
抜けるように青い日本の秋空だったのだと。

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最終更新日 : -0001-11-30

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