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ライター良さんに、ショーとショートを書いてもらいました!

2014/ 12/ 14
                 
    碧い海そして橙の百合
                     城中 良


オートバイ七半のエンジン音が家の前で響く、
また何かのお誘いである。
このオートバイの主、農機具屋の二代目である。
どうゆう訳かこちらの暇の時を見はからったように、やって来るのである。
「海へゆくぞ、瀬波の先だ、早く支度をして後ろに乗れ」
嫌も応もない、まったくしかたのない奴である。

七半はものすごいスピードで走り、田を抜け、畑を抜け走る。
こちらは、もうどうにでもなれ、勝手にしろの心境である。
いくつ村を越え、いくつ橋を越えたやら、
やがて、すこし大きな川のそばでオートバイは止まった。
「三面川だ、鮭はいるかな」などと、のたまって土手を下り、
のぞいている。

この男、酒をのまず、煙草は吸わず。
なのに、魚釣り、蕨とり、キノコ採り、植物の花など大好き、
家に山菜植物の庭を造るほどの力の入れようである。
まだ結婚前の独身のくせに、全く変な奴である。

「鮭などいないよ、獲ったら犯罪だぜ」と言うと彼は恨めしそうに
土手をあがり、昼飯にしようと言う、「飯を食ったら、出発だ」
やがて道の右に海が見えてくる、碧いどこまでも碧い海である。
瀬波をすぎ、いったいどこまで行くつもりか。

海水浴場を過ぎ、砂浜の先に岩場が二つ三つある誰もいないところに
七半はとまる。「誰もいない所で泳ぐのは危ない」と言ったが、
奴は、どんどん砂浜から岩場のほうに歩いてゆく。
渚から近い岩場には橙のスカシユリが沢山咲いていたのである。
碧い海、岩場に満開の百合の花、息を呑むような美しさである。
奴はここに来たかったのだ。

                      IMG_5858.jpg


「おーい、あの百合取りにゆかないか」と言う。
「無理だ、距離は近いが海流の流れが速い、止めておけ」
言い出したら聞かないこの男、海水パンツ姿になっている。
かなり危険だが、距離が近いから行けるか、と自分に言い聞かせ、
海水パンツをはく。
奴は海に飛び込んで岩場に向っている、仕方なく海に飛び込む、
案の定、早い流れだ、彼を追って岩場にたどりつく、
二人とも無言で岩場に咲く百合をながめる、息をのむような美しさである。

しかし片手で花をもって泳いで帰ることは、あの男にも無理と分かる
海流の速さだ。「帰るぞ」と言いこちらが先に飛び込む、
流されながらやっと渚にたどりつく。
奴はとみると岩場から飛び込み、渚に向かう、おや、おかしい奴は
流されているのか、なかなか渚に近づいてこない、危ない、
と思うがどうすることも出来ない、
近くに人は誰もいない、渚を彼の流される方に走る、危ない、
なんとか乗り越えてくれ、力が尽き、へたばったら、海に沈んでしまう。
声もかけられない、ただただ流される方に渚を走る、少し渚に近づいて
きたようだ、がんばれとも言えない、もう少し渚にちかづいてくれ、
どのくらい走ったのやら、彼もようやく砂浜にたどりつき、
渚にうつぶせになり動かない、助かったのだ、海に沈まずにすんだのだ。
二人は安堵と疲れで砂浜に座り込み、碧い海と百合を無言で
いつまでもながめる。

                          IMG_8326.jpg


「あの百合ほしかったなあ」などと死にそこなった癖に
まだ恨めしそうにして言う。全く懲りない奴だ。
疲れの取れた奴は、服に着替えだした、こちらも着替えて、
七半のエンジンをかける。また、もときた道を猛スピードで走りだしたのです。
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