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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

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2015-07-03 (Fri) 10:13

「伯父の蔵書」を読んで、唯一存命する叔母に電話をしたくなりました。

           伯父の蔵書

                           北杜 青
 

 私の伯父はながく俳句をやった人で「冬草」、「未来図」の同人でした。
伯父にとって私は、同じ東京に住む唯一の親戚で
何かと気にかけてもらいましたが、
俳句での交流はほとんどありませんでした。

伯父との俳句に関する唯一の想いでは、何かのおりに私が披露した
次の句を面白いと言ってもらったことです。
  
       われよりも若き教師や昼花火 青

会社勤めをしながら資格の勉強をしていたころの句で、
平凡な内容ですが、季語の選択が自分でも面白いと感じていたので、
伯父に披露する気になったことを覚えています。

 ある時、久しぶりに連絡をもらい伯父に会いにいくと
自分が亡くなった後の諸々の事をお願いされました。
叔父の家に男の子がいなかったためですが、
叔父に頼ってもらえたことが嬉しく、ただ仕事を引退した後も
裁判所の調停委員などを務め、忙しくしていた伯父ですから、
念のため将来の話をされたのだとしか感じていませんでした。

               IMG_8295.jpg

ところが、その1月ほど後に、伯父は好きだった近所の
蕎麦屋からの帰り道で倒れ、そのまま逝ってしまいました。
伯母からの知らせに大変驚きましたが、何事にも準備周到な伯父には
何か予感のようなものがあったのかなと思いました。
 
伯母を手伝いながら、伯父の財産の整理が一段落したころ、
生前、伯父が書斎として使っていた部屋に案内されました。
そこには、壁いっぱい天井まである本棚に収まりきらずまわりの床に
幾つも山になったおびただしい数の俳句の蔵書がありました。
自分の甥が俳句を始めたことを喜び、もしものときは蔵書を私に
ゆずるように言われていたことを伯母から聞かされました。
 
その時の私は俳句をながく中断したままで、それを伯父にも
伯母にも伝えていなかったため、どうしようもなく恥ずかしく、
情けなく、とても叔父の蔵書を受け取ることができませんでした。
好きだった誓子と草城の二冊の句集のみを受け取ってもどりました。

                   DSCF2092.jpg


私の数少ない俳句の蔵書の端っこに今もこの二冊の句集があります。
その背表紙を見ると、私の句を面白いと言ってくれた
伯父の顔を思いだし、せつない気持ちになります。

        硬山の緩む稜線梅雨深し      いくと
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最終更新日 : 2015-07-14

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