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勉強会で青畝を担当した、遊美さんの青畝一句鑑賞です

2016/ 02/ 27
                 
       阿波野青畝の一句鑑賞
                              
                       坂本遊美


       葛城の山懐に寝釈迦かな     阿波野青畝「万両」

この句碑は葛城山を見渡す
青畝のふるさと大和の高取町の小高い丘にあった。
晩秋の山並を奥にして
広がる田に田仕舞の煙が一筋上がっていた。


この句を青畝は自解して
「寝釈迦の軸を掛けた寺が葛城山中にある。
子供の時見た時大きい仏を不気味に思った」としている。

青畝は24歳の時大阪の商家に婿養子として入るが、
進学を諦めた程の難聴の身で大阪の商家の因習に慣れる事
文明ともいう石炭の煙に包まれた都会生活
妻が長期の病気療養をしている事等
忍辱だという暗い日々を送っていた。
故郷を懐かしむその想いが子供の時みた涅槃図を
「葛城山の山懐に」甦らせている。

「山懐に」が「山懐の」だと寝釈迦だけに焦点が当たるが、
「に」となると葛城山全体を見て「山懐」への想いがでる。
「懐」の言葉には自然の懐に包まれる大きさ
和服の母の懐に包まれるなつかしさがある。

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涅槃図は仏滅の図であり釈迦を囲む悲しみは
11歳の時母と死別した青畝の歎きに通じる様に思う。
そんな悲しみは胸の奥深くあるが
涅槃会の頃の田は春田となり山は芽吹き山となり
自然が心を浮き立たせてくれた事だろう。

青畝が焦がれた故郷は今なお自然の中にあった


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