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明けましておめでとうございます!今回は、人魚さんに語っていただきました。

2017/ 01/ 06
                 

                晩鐘
                              川手人魚

 学生の頃、ちょっと面白い大道芸人がいるから見に行かないかと友人に誘われた。
当時前衛芸術家と謳われていた舞踏家Gのパフォーマンスを
新宿のストリートに見に行った。顔を真っ白に塗って、青いアイシャドーをべったりのせ、
真紅の口紅を引いていた。「白鳥の湖」、と叫んで、細い体をぴょんぴょん跳ねて、
狂ったように踊っているGの姿があった。大道芸人と言えば、ジャン・ルイ・バロウだろ、
と思っていた私にとって、その姿はあまりに美から程遠く、奇を衒っただけの抹香くさい
際物といった感じであった。私は憤慨して途中で帰ってきたものだった。
 
 先日、ふとつけたテレビの中でGの姿を見た。あの時と同じ姿のGが
新宿で踊っていた。齢85と知って衝撃を受けた。あれから40年、
彼はひたすらそんなふうに踊り続けていたのだろうか。
エセ芸術と笑った自分の方に鉄槌が落ちてきた。

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それは30分のドキュメンタリー番組で、Gの日常を追っていた。
相変わらずの細い体は、歳のせいで曲がり、
病気のために手足が震えていた。一人で歩くのもままならない身体で、
炎天下の公園でひとり黙々と踊りの練習をしている姿は胸を衝いた。
人々が集う新宿の広場で、Gはいくつかの演目を踊りきって、
皆の拍手の中で満面の笑顔を浮かべた。「私はまだ踊れます」
G,その人の名は「ギリヤーク尼崎」

 私の家から坂を少し登ったところにその家はあった。
広い敷地の奥には、緑に埋もれて平屋の屋根が見えた。
門から玄関へは低木や花壇をぬって細い路がくねっていた。
最近あまり目にしないような手造りふうの庭であった。

その庭には、春は水仙、夏はグラジオラス、秋にはコスモスと、
いつも季節の花が端然と咲いていた。古木を2本立てただけの門には、
名札が掛かっていて、手書きの味のある字で、「古池」と書かれていた。
天気の良い日には、その門の前で小柄なおばあさんが、杖を片手に微笑んでいた。

「こんにちは、今日はあたたかいですね」、「コスモスがきれいに咲いてますね」
通りすがりに一言二言言葉を交わすだけの間柄であったが、
おばあさんの暖かな眼差しは私を豊で幸せな気持ちにした。
私は密かに、「生きたお地蔵さん」と呼んで、会えた日はラッキーデイとした。
晴れた日は今日も会えるかな、と坂を登るのが楽しみであった。

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「私もいつか歳をとったら、あのおばあさんみたいになれるかな?」
と夫に聞いてみると、「どうかな、」と首をかしげた後に一言、
「煩悩がなくなればね」と。

 表現者は自分の作品を放り出してしまってもいいのではないか。
観衆は様々な立場でそれを受け止めるのだから。
誰かが丹精して育てた沈丁花の香りで春の訪れを知るように。
そんな気持ちで絵が描けたら、文章が書けたら、俳句が作れたら、
どんなに楽しいであろうか。
自分は一生の間にそんな境地に達することができるのだろうか。
                                                    
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