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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

Top Page › 未分類 › 2度に渡って中国に住んでいらした梢さんに                   北京の春節の様子を伝えて頂きます。
2010-02-28 (Sun) 00:04

2度に渡って中国に住んでいらした梢さんに                   北京の春節の様子を伝えて頂きます。

   北京の春節     三森 梢


「北京の春節の事書いてくれる?」と詩さん。
「私が書くとただの思い出話になるけど」
「それでもいい」ということで
昔話をさせて頂きす。

1982年秋、北京暮らしも半年が経ち
胡同(ふーとん 路地)歩きを楽しめるように
なりました。

そこは四合院造りと言われる家が両側に並び
灰色の壁に沿って野菜売りや路上散髪屋
時には歯医者も店を出しているという
庶民の暮らしを垣間見る事のできる所でした。

厳冬の12月、春聯という長く赤い紙が、
門の両側に貼られ始めます。

漢詩の一節の様な新春を寿ぐ対句が書かれていますが、
中には富・財・繁栄と言う文字の目立つものや
「一人っ子政策で一家幸福という共産党の標語もあり、
住人を想像するだけでも楽しいものでした。

西暦の元日もあっさりと過ぎ、零下を記録していた気温も
上がり始めると愈々春節です。

その前夜は凄まじい爆竹の音と煙があちこちの胡同から上がり、
街中が飛び跳ねている様です。

知人の運転で下町へ出かけた我々の車は
爆竹や花火の格好の的となり、知人が
『日本人 車中で焼死』という記事が
出るのではと思ったと笑うほどの興奮状態が
深夜まで続いていました。

翌日は文革時には禁止されていた風習が
復活したと聞き、郊外の農村へ出掛けました。

銅鑼や太鼓を打ち鳴らす一団の後には
女装した農民達が大声で笑いながら
竹馬に乗って滑稽な身振りで続きます。
高足踊りと言うのだそうです。

今年の春節の前後、秋葉原で電気製品を
大量に買う中国人観光客の姿が報じられましたがこの原点は
爆竹と高足踊りで堂々と祝えるようになった1983年の春節に
あるのではと感慨深い気持ちになったものでした。
中国
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最終更新日 : -0001-11-30

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