俳句でおしゃべり-都市ー

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青さんの読み解く草城はいかに?

            日野草城 『人生の午後』 一句鑑賞
                                北杜 青

      病む鶴のうすき翼を張りにけり      草城

 『人生の午後』は、草城が自ら編んだ最後の句集です。
最初にこの句集を読んだとき、とても悲しい句集だと思いました。
昭和二十三年から昭和二十七年までの三一五句が収めされていますが、
この間の草城は、胸部疾患を病み、長年勤めた住友海上火災を
退職になり、緑内障により右目を失明します。
長女温子は、高等学校卒業後、大学進学の志望を遂げられず就職します。
境涯を詠んだ句が多く、どうしても薄幸の家庭を思ってしまいました。

『人生の午後』の自序の前に、草城の次の文章があります。

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晏子さん
もしあなたが私を支えてゐてくれなかつたなら
私のいのちは今日まで保たれなかつたでしせう
この貧しい著書をあなたに贈ります
これが今の私に出来る精一杯の御礼なのです
一九五三年七月    草城

 草城の死後、妻晏子によって編まれた草城の遺句集『銀』の
晏子のあとがきを読むと、この間の草城がいかに充実した日々を
過ごしていたかが分かります。
「しかし草城にとつてこの病床十年間は、まことに意義深い、
生の真実を生き得た何ものにも勝る尊いあけくれで
あつたとも言えましせう。」
この晏子の文章を読んだのちに再び、『人生の午後』を手に取ると
まったく異なった印象の句集になっていました。
数々の苦難のなか、家族や俳友に囲まれて俳句に
全精力を傾けた充実した時間だったからこそ、草城のこの一冊、
と称される傑作が生まれたのだと思います。

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 挙句は、病む鶴で詠まれた四句の最初の句です。
当時の草城の状態から実景とは思われませんが、
病む鶴に自らをなぞられたと解釈することは避けたいと思います。
「張りにけり」の一語によって、病んでなお、凛とした姿を保ち続ける鶴が
限りない透明感をもって眼前に現れてきます。最も喧伝された草城の鶴の句は
「高熱の鶴青空に漂へり」ですが、境涯を離れた一句の強さとして
挙句に惹かれます。
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