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青さんの第1句集「恭」を、編集男子の最後は、わるさんに語っていただきます。
2020/ 06/ 20 句集「忝」 北杜青 三句鑑賞
吉川わる
草の実や片方動く牛の耳 北杜青
牛の耳が片方動いているという句であるが、顔も体も
静止しているからこそ、耳に目が行ったのだろう。
穂なのか、莢なのか、草の実は風に揺れているのかも
知れないが、大きな景の中で時間は止まって
しまったようだ。牛の視線の先には作者がおり、
目を見開いてやはり静止しているのである。
牛がまた草を食み出すと時間は流れ出し、
作者も解放される。そこに、さっきまでの景はなく、
永遠に帰ってこない。

七夕の雨古着屋のトウシューズ 青
取り合わせの句またがりであり、「七夕の雨」と
「古着屋のトウシューズ」が同列に並べられている。
どちらも時の流れを感じる。どちらも少し哀しい。
しかし、七夕は中国の話で、バレエは西洋が起源だ。
でも、トウシューズはどこか纏足に似ている。
何より、どちらも人の息遣いを感じる。
食券の儚く並ぶ立夏かな 青

子どものころ、食券は華やかな存在だった。
デパートの食堂に席を見つけると、店員が半券を置いていく。
料理がくるまでの間、ちらちら見てもけっして動じず、
威厳をもって、そこにあった。掲句の食券は牛丼屋の
カウンターにでも並べられているのだろう、
薄っぺらくて、エアコンの風に飛んでしまいそうである。
今日から夏だそうだが、わくわくすることはもうない。
吉川わる
草の実や片方動く牛の耳 北杜青
牛の耳が片方動いているという句であるが、顔も体も
静止しているからこそ、耳に目が行ったのだろう。
穂なのか、莢なのか、草の実は風に揺れているのかも
知れないが、大きな景の中で時間は止まって
しまったようだ。牛の視線の先には作者がおり、
目を見開いてやはり静止しているのである。
牛がまた草を食み出すと時間は流れ出し、
作者も解放される。そこに、さっきまでの景はなく、
永遠に帰ってこない。

七夕の雨古着屋のトウシューズ 青
取り合わせの句またがりであり、「七夕の雨」と
「古着屋のトウシューズ」が同列に並べられている。
どちらも時の流れを感じる。どちらも少し哀しい。
しかし、七夕は中国の話で、バレエは西洋が起源だ。
でも、トウシューズはどこか纏足に似ている。
何より、どちらも人の息遣いを感じる。
食券の儚く並ぶ立夏かな 青

子どものころ、食券は華やかな存在だった。
デパートの食堂に席を見つけると、店員が半券を置いていく。
料理がくるまでの間、ちらちら見てもけっして動じず、
威厳をもって、そこにあった。掲句の食券は牛丼屋の
カウンターにでも並べられているのだろう、
薄っぺらくて、エアコンの風に飛んでしまいそうである。
今日から夏だそうだが、わくわくすることはもうない。
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