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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

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2010-11-01 (Mon) 07:02

思いがけず、一茶にふれた遊美さんです。

     信 濃 の 旅            
                    坂本 遊美   

九月に遅い夏休みを高原でゆっくり過ごそうと
長野県の斑尾のホテルに着いた。

人生は旅。旅は人生。何に出会うのだろうか。

           コスモス

ホテルのフロントに置いてあるパンフレットを見て驚いた。
一茶記念館が車で20分程の所にあるという。

JRの黒姫駅から程無い所にある小丸山公園に
一茶記念館、俳諧寺、一茶の墓はあった。

一茶記念館のパンフレットを基に一茶の生涯を
俳句と共にたどってみる。

3歳―信州柏原村に生まれた一茶は3歳で母を亡くす。
   我と来て遊べや親のない雀     一茶

15歳―江戸へ奉公に出る。
   初夢に故郷を見て涙かな      一茶

25歳―葛飾派三世溝口素丸の内弟子になる。
二六庵竹阿、今日庵元夢にも師事する。
   是からもまだ幾かえりまつの花   一茶

29歳―14年ぶりに帰郷する。
門の木もまずつつがなし夕涼    一茶

39歳―帰郷して父の看病をする。父弥五兵衛没す
   父ありてあけぼの見たし青田原   一茶

42歳―成美らの句会に出るようになる。
   夕燕我にはあすのあてはなき    一茶

46歳―父の遺産を折半する制約を弟と取り交わす

50歳―故郷永住を決意して帰郷する
   是がまあついの栖か雪五尺     一茶

52歳―28歳のきくと結婚する
   五十聟あたまをかくす扇かな    一茶

54歳―長男千太郎没す

57歳―前年に生まれた長女さとが没す
   めでたさもちゅう位なりおらが春  一茶 

59歳―次男石太郎没す

61歳―妻きく、三男金三郎没す

65歳―柏原の大火で類焼し、焼け残りの土蔵で暮らし没す
   やけ土のほかりほかりや蚤さわぐ   一茶
 
            傘

俳諧寺〔一茶俤堂〕は、明治43年に
一茶を慕う人達によって建てられたもので
格天井には此処を訪れた俳人、画家、文学者などの
揮毫が寄せられていた。

俳人の中から数句。

  笑わぬ一茶の句のおかしさよ紅葉どき    金子兜太
  
  霧吹いて蛍籠より火の雫          鷹羽狩行
  
  胡桃ふれハかすかに応ふ信濃の音      能村登四郎
  
  黍揃ふ吾晩学の流す灯に          楠本憲吉
  
  はらわたの熱きを恃み鳥渡る        宮坂静生
  
  これ以上土蔵に秋の日を入れず       山口誓子
  
  黍畑に土蔵即ち史蹟たり          富安風生
  
  紺絣春月おもく出でしかな         飯田龍太

小丸山公園から少し離れた所にある小林一茶旧宅は
土蔵其の儘で、一茶の生涯の悲しみが詰まっているようだった。

斑尾で数日過ごし東京への帰り道、小布施に寄った。
美味しい栗菓子にあり付きたいと。

栗の町小布施は葛飾北斎が晩年を過ごした地であり、
岩松院の天井には鮮やかな北斎の八方睨み鳳凰図(国宝)が
ある。

又、(岩松院のパンフレットによると)寺の池に
ひき蛙がいずこともなく集まってくる。
めすが産卵するのをおすが手伝うのだがめすが少ないために
奪い合いの合戦となる。

1816年4月20日に当地を訪れた一茶はこの合戦を見て
  やせ蛙まけるな一茶これにあり       一茶
と詠んだ。

病弱な初児・千太郎への声援の句であるが
その願いもむなしく千太郎は1ヶ月たらずで他界したとある。

思いがけず一茶に出会う旅となった。
温かい栗の丸ごと入った焼き菓子にも出会えたが。
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最終更新日 : -0001-11-30

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