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日盛句会に初参加の燐さんは、久しぶりの小諸で何を感じたのでしょう。

2011/ 08/ 17
                 
     燕の街
                 
            本多 燐



これまで小諸には三度ほど訪れたことがあった。

       屋根


以前に訪れた時は長野新幹線の開業前で、
当時の小諸駅と言えば、上野発の特急「あさま」が
全列車停車するほどの、信越本線の主要駅であった。

現在の駅に降り立っても、柱の風情やホームの
旅館看板の様子などに往時の面影を見ることができる。

それにしても、今回久しぶりに小諸を訪れて、
駅周辺の寂れた様子には驚かされた。

新幹線が小諸をルートに選ばず、信越本線も第三セクター化
されていたので、或る程度は予想をしていたものの、
やはり予想以上であった。

隣市の上田が新幹線の停車駅となって、
華やかな様子を残すのとは好対照である。

新幹線の開通で、東京と変わらない町並みになるのも
残念なことだが、賑やかだった街に活気が無くなって
しまうのも、心が痛む。

駅前が寂れてしまったせいか、小諸の観光の目玉である
懐古園も、今さら島崎藤村で人を呼ぶには物足りなく、
なんとなく不甲斐なく感じられる。

もっとも今回の来訪目的である日盛句会の高濱虚子にしても、
世間から見れば藤村と同様なものであろう。

島崎藤村や高濱虚子が、世の中一般の権威を失っていったのは、
いつの頃からだろう。やはり昭和が平成になった頃、
がらがらと何かが崩れていったのだろうか。

現在、私は虚子の小説を少しずつ読んでいる。
読みながら虚子の小説を心から面白いと思う。
だからと言って虚子の小説が今どき流行らないのは十分承知している。
流行らないかもしれないが面白いことには変わらない。

        松


小諸の街も、今では流行らない街になってしまったのだろう。
けれど、今回の小諸の旅でも、面白いと思うことはあった。

例えば、坂がかった街を燕がぐんぐんと盛んに飛び交っていたこと。
小さな図書館が靴を脱いであがる旧式の図書館で、

夏休みの少年少女が靴箱に奇麗に靴を並べていたこと。

帰りの小海線で、夕暮れの無人駅に降りた女学生を
凛々しい青年が迎えに来ていたこと。

四度目の小諸の旅の、どれも忘れられない情景である。

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