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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

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2012-01-05 (Thu) 11:52

新年は、有也氏の境川村探訪記より始まります。

     飯田家の柚子

                   森有也


「都市」現代俳句勉強会も回を重ねて、
子規、碧梧桐、虚子、蛇笏、鬼城、普羅、石鼎を勉強してきた。

今回、七海さんの尽力で飯田家当主である秀実氏の
特別のご好意により、蛇笏、龍太氏の俳句の里、
境川町の飯田家訪問をお許し頂いた。

朝から霙(みぞれ)混じりの雨が降る中、
八王子駅ホームに集合したのは14名。

特別急行“あずさ7号”が笹子トンネルを抜け出る頃には、
太陽はさんさんと甲州路に輝き始めていた。


山門


塩山駅からタクシーにて恵林寺へ。
信玄公から頂き張り付けた言う不動明王の胸毛の生々しさ。

“火自ずから涼し”と叫んで、百名からの僧侶たちと
生きたまま焼き殺された(火定)快川和尚の
焼け焦げた法衣など拝んで聖域を出る。

恵林寺の門前に「ころ柿」で有名な農園を訪ねる。
小春日の中に吊るし柿が軒場に簾のように下がり、
広場には干し柿が台上に所せましと干されている。

      柿

       


吊るして3週間、寝かせ転がして2週間、
「ころ柿」が出来上がるという。

土産に求めるのはもちろんパックされた干し柿。
早速ぱくつくのは、おまけに付けてもらった大きな干し柿。
小春日和の光の中の至福な一瞬であった。

塩山駅から再び電車に乗り、石和温泉駅で下車。
タクシーにて飯田家を目指す。

笛吹川を渡り、緩やかな勾配になった道は
さらに急峻になり峠道の入り口に辿りつくと、
飯田家が何百年の間何事もなかったように
静かに佇まっている。

すでに飯田龍太氏の子息である当主の秀実氏ご夫妻が
門口に迎えていらっしゃる。
穏やかな語り口と物腰の当主と、数百年の旧家に
花の咲いたような令夫人に一同感動すら覚える。

山蘆と呼ばれる母屋は平屋造りで中二階は養蚕室、
かっての茅屋根は瓦葺から現在は合板葺きとなっている。

山蘆の象徴的な赤松は書斎の庭から母屋の入り口まで
枝を伸ばして、年貢検査の役人を迎えるための
正式な入り口を通り越し、家人や小作人の通用口にまで
達している。

入口


母屋の右側を下りると勝手口の外側に龍太氏お手製の
竹箒が下がっている。器用な左手で龍太氏は
農具や様々な家庭用具を作ったそうであるが、
とくに母堂は龍太作の竹箒を喜んだそうである。

    生前も死後もつめたき箒の柄    龍太


        箒



さらに下って行くと林の中に泉があり、
樹下に静かな佇まいの池をなしている。

すぐに深く切れ込んだ狐川が急流を成しているのに出会う。
護岸はコンクリートで補強されたが、
かっては巨岩がごろごろとして、
流れから欅の巨木が岸を守っていたそうである。

    一月の川一月の谷の中     龍太


川



5メートル程の太鼓橋を渡ると対岸は急に上り坂になり、
中腹には句碑嫌いの蛇笏氏が唯一建てたという
山口素堂の「目には青葉山郭公はつ鰹」碑がある。

句碑の右手は台地に向かって坂をなした林になっている。
早春のある日、龍太氏は家の裏口から
この林の中の父蛇笏氏の散歩の姿を見たのである。

その後数カ月して父は病に伏し、
二度とこの林の散歩は出来なかったという。

   手が見えて父が落葉の山歩く    龍太

句碑の前の坂道を上がると雄大な山麓台地に至る。
北の眼下に笛吹川が流れる笛吹市街が一望のうち、
遠くに目をやれば八ヶ岳、茅が岳、左に目を転ずると
甲斐駒ケ岳、南アルプス、北岳、赤石岳が望まれる。

右に目をやれば、秩父山系が大菩薩峠を従え、
御坂山系がこの山蘆の背後に聳え立って
冨士の威容に立ちはだかっている。

   芋の露連山影を正しうす    蛇笏

   大寒の一戸もかくれなき故郷    龍太



母屋に案内され土間に入ると大火鉢に炭はかんかんと熾り、
16~18畳ほどの仏間には代々の名主にしては
控え目の仏壇に蛇笏・龍太氏の位牌が安置され
両氏の写真が仏壇の傍に添えてある。

仏間奥の囲炉裏の切られた部屋の窓側には文机、
龍太氏生前の儘に保存されている。

        机



押しかける文人墨客、編集者を相手に、
時には囲炉裏で時には文机で正座していた
俳人蛇笏・龍太氏を髣髴とさせる。

囲炉裏



それに続く書院造りの客間には床の間に掛け軸、
茶の花1花が差してある。

   春暁の竹筒にある筆二本   龍太

お別れの挨拶をするために土間に下りて勢揃いすると、
やおら秀実氏が籠に盛った柚子をお土産にでもと
遠慮がちに差し出された。飯田家の庭に生った柚子である。

今、こうして飯田家の半日を思い出しながら訪問記を
書いていると、大きい柔らかな黄色の柚子が香ってくる。

自分の故郷にしっかりとした根を張りながら、
俳句を大切にした蛇笏・龍太両氏のさわやかさが、
柚子の柔らかな光と香の中に凝縮しているように感じられる。


筆
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最終更新日 : -0001-11-30

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