fc2ブログ

新年は、有也氏の境川村探訪記より始まります。

     飯田家の柚子

                   森有也


「都市」現代俳句勉強会も回を重ねて、
子規、碧梧桐、虚子、蛇笏、鬼城、普羅、石鼎を勉強してきた。

今回、七海さんの尽力で飯田家当主である秀実氏の
特別のご好意により、蛇笏、龍太氏の俳句の里、
境川町の飯田家訪問をお許し頂いた。

朝から霙(みぞれ)混じりの雨が降る中、
八王子駅ホームに集合したのは14名。

特別急行“あずさ7号”が笹子トンネルを抜け出る頃には、
太陽はさんさんと甲州路に輝き始めていた。


山門


塩山駅からタクシーにて恵林寺へ。
信玄公から頂き張り付けた言う不動明王の胸毛の生々しさ。

“火自ずから涼し”と叫んで、百名からの僧侶たちと
生きたまま焼き殺された(火定)快川和尚の
焼け焦げた法衣など拝んで聖域を出る。

恵林寺の門前に「ころ柿」で有名な農園を訪ねる。
小春日の中に吊るし柿が軒場に簾のように下がり、
広場には干し柿が台上に所せましと干されている。

      柿

       


吊るして3週間、寝かせ転がして2週間、
「ころ柿」が出来上がるという。

土産に求めるのはもちろんパックされた干し柿。
早速ぱくつくのは、おまけに付けてもらった大きな干し柿。
小春日和の光の中の至福な一瞬であった。

塩山駅から再び電車に乗り、石和温泉駅で下車。
タクシーにて飯田家を目指す。

笛吹川を渡り、緩やかな勾配になった道は
さらに急峻になり峠道の入り口に辿りつくと、
飯田家が何百年の間何事もなかったように
静かに佇まっている。

すでに飯田龍太氏の子息である当主の秀実氏ご夫妻が
門口に迎えていらっしゃる。
穏やかな語り口と物腰の当主と、数百年の旧家に
花の咲いたような令夫人に一同感動すら覚える。

山蘆と呼ばれる母屋は平屋造りで中二階は養蚕室、
かっての茅屋根は瓦葺から現在は合板葺きとなっている。

山蘆の象徴的な赤松は書斎の庭から母屋の入り口まで
枝を伸ばして、年貢検査の役人を迎えるための
正式な入り口を通り越し、家人や小作人の通用口にまで
達している。

入口


母屋の右側を下りると勝手口の外側に龍太氏お手製の
竹箒が下がっている。器用な左手で龍太氏は
農具や様々な家庭用具を作ったそうであるが、
とくに母堂は龍太作の竹箒を喜んだそうである。

    生前も死後もつめたき箒の柄    龍太


        箒



さらに下って行くと林の中に泉があり、
樹下に静かな佇まいの池をなしている。

すぐに深く切れ込んだ狐川が急流を成しているのに出会う。
護岸はコンクリートで補強されたが、
かっては巨岩がごろごろとして、
流れから欅の巨木が岸を守っていたそうである。

    一月の川一月の谷の中     龍太


川



5メートル程の太鼓橋を渡ると対岸は急に上り坂になり、
中腹には句碑嫌いの蛇笏氏が唯一建てたという
山口素堂の「目には青葉山郭公はつ鰹」碑がある。

句碑の右手は台地に向かって坂をなした林になっている。
早春のある日、龍太氏は家の裏口から
この林の中の父蛇笏氏の散歩の姿を見たのである。

その後数カ月して父は病に伏し、
二度とこの林の散歩は出来なかったという。

   手が見えて父が落葉の山歩く    龍太

句碑の前の坂道を上がると雄大な山麓台地に至る。
北の眼下に笛吹川が流れる笛吹市街が一望のうち、
遠くに目をやれば八ヶ岳、茅が岳、左に目を転ずると
甲斐駒ケ岳、南アルプス、北岳、赤石岳が望まれる。

右に目をやれば、秩父山系が大菩薩峠を従え、
御坂山系がこの山蘆の背後に聳え立って
冨士の威容に立ちはだかっている。

   芋の露連山影を正しうす    蛇笏

   大寒の一戸もかくれなき故郷    龍太



母屋に案内され土間に入ると大火鉢に炭はかんかんと熾り、
16~18畳ほどの仏間には代々の名主にしては
控え目の仏壇に蛇笏・龍太氏の位牌が安置され
両氏の写真が仏壇の傍に添えてある。

仏間奥の囲炉裏の切られた部屋の窓側には文机、
龍太氏生前の儘に保存されている。

        机



押しかける文人墨客、編集者を相手に、
時には囲炉裏で時には文机で正座していた
俳人蛇笏・龍太氏を髣髴とさせる。

囲炉裏



それに続く書院造りの客間には床の間に掛け軸、
茶の花1花が差してある。

   春暁の竹筒にある筆二本   龍太

お別れの挨拶をするために土間に下りて勢揃いすると、
やおら秀実氏が籠に盛った柚子をお土産にでもと
遠慮がちに差し出された。飯田家の庭に生った柚子である。

今、こうして飯田家の半日を思い出しながら訪問記を
書いていると、大きい柔らかな黄色の柚子が香ってくる。

自分の故郷にしっかりとした根を張りながら、
俳句を大切にした蛇笏・龍太両氏のさわやかさが、
柚子の柔らかな光と香の中に凝縮しているように感じられる。


筆
スポンサーサイト



レオフェイ
Posted byレオフェイ

Comments 0

There are no comments yet.

Leave a reply