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俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

風林さんが、面白い句を取り上げています。

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        都市の一句(44)         安藤 風林
      

   四時限目生徒ともども目借時      金野 露山

楽しい句である。作者は学校の教師である。四時限目だからおそらく午後一番の授業だろう。
生徒たちは中学生か高校生だろうか。ちょうど育ち盛りで血気盛んな時である。
お昼の弁当を食べ校庭で球技など運動をやって軽い疲れがあるのだろう。
授業が始まり机に座ればもうたまったものではない。生理現象として
どう抵抗しても瞼が下りてくる。ましてあまり好きでない科目であればなおさらである。
もう一つは教師の声質やしゃべり方にもよる。まるで子守歌なのだ。

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この句で面白いのは中七の「生徒ともども」というところである。
教師がしゃべって生徒が眠くなっているのかと思えば、講義している教師にも眠気が
移ってきたのだ。教室全体が居眠りの神様に支配されているのだ。
季語の「目借時」の俳諧味の意味が見事に描かれている。
そして教師は生徒たちから家族と違った意味の信頼があるのでしょう。
ほのぼのとした温かさが伝わってきます。

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作者は自分の職業を通して日々の出来事を俳句に詠む素晴らしさを楽しんでいるに違いない。
なお、私の高校時代は60年以上も前になるが、やはりこのような光景はよくあった。
昼一番が漢文の授業でお寺の住職が教師として講義していたことを思い出した。

これまた、第三回海の俳句全国大会参加報告です!!

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第3回復興いわき海の全国俳句大会に参加して

                       砂金 明 


7月15日第3回復興いわき海の俳句大会へ参加の為「都市」の会員は
中西主宰と共に21名いわき駅に到着した。
すぐに貸し切りバスで海岸線探訪へと出発。
配られた銘菓「じゃんがら」をいただき、お土産にしたいと思う。
 
海岸線を走るが、完成した堤防は嵩上げされ高くて海が見えない。
斜面に小さな松の植樹された防潮堤に登る。昼だが水平線を海霧が覆い
海が見えない。だんだん海霧が陸へ流れ、いわきの海が現れた。

この穏やかな海が7年前テレビで見たあの黒い海なのかと息を呑む。
バスは南下し塩屋埼灯台へ。灯台下には海水浴場が広がり
ビーチパラソルが咲き家族連れが楽しそうだ。
2年前はただの海岸でこの景はなかったとの事。
復興とは平凡な日常を取り戻す事なのだ。

                        大祓

 
最後は小名浜にて東日本大震災慰霊鎮魂・復興祈願の千度大祓を見学する。
海に向かい姿勢正しく汗の無い神官の卵たちの姿が印象的だ。
 
7月16日海の俳句大会が開かれ当日句のアクアマリン賞に
「都市」会員の2句がみごと輝いた。

  板チョコのやうな少年夏の海  高木光香
 
  老鶯や防潮林の松若し     小杉月夜

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2日間お世話なった皆様、プロジェクト傳の山崎祐子様有難うございました。
高い志と熱い心に敬意を表します。

「第三回海の俳句全国大会」のに参加しました!!

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           復興いわき「海の俳句全国大会」へ
                          小林たまご

 
山国育ちの私は、海へのあこがれと畏敬の念を持っていた。

風紋の美しい白砂、多くの命を、飲み込んだいわきの海。
その「いわきの海」を見てみたいと、「復興いわき俳句全国大会」に
参加した。

                    灯台



いわき市の海岸線は全長六十キロにも及ぶ。その北部道山(どうざん)林(ばやし)は江戸時代に出来た
防潮林である。白砂青松の美観、この道山ばやしは、東日本大震災では、津波の力を弱める
減災の効果があったといわれている。
津波により失われた美観が元通りになるにはどのくらいの月日がかかるのだろう。
防潮林では植栽された小松が残された松に身を寄せ合っているようだった。

    老鶯や防潮林の松若し      小杉月夜

    白南風や防潮堤の松の笛    三森 梢

    炎天や海をさへぎる防潮堤    大木満里


すこし内陸に入った諏訪神社には、倒遺した大鳥居や、瓦礫となった
石造物は処分されるところだった。
大津波を後世に伝えるモニュメントにしようと、神社前に「渚の景色」が
作り上げられていた。

塩屋崎灯台は全国に十五基ある「登れる灯台」の一つ。その美しい姿も地震で
甚大な損壊を受けた。灯台に続く急な階段をフーフーと汗をかきながら登った。

    塩屋崎灯台下のかぼちゃかな      高木光香

    昆布持ち生物学者海の日や       小林たまご


                    先生



吟行を終えて海への畏敬の念はうすらいでいた。

今回は、中西主宰は当日句の選者でした。
「都市」からは二十一名が参加した。

七月の吟行は、藤沢宿でした!!

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         7月の 藤沢宿・遊行寺吟行記
                        
                            原悠歩
 

 藤沢宿は東海道の江戸日本橋から6番目の宿場。
ここは大山道・江の島道・八王子道・鎌倉道・厚木道・東海道と
多くの道が集まる場所で流通の中心地となっていた。
そのうえ遊行寺や江島神社といった名所・旧跡もあり、当時の繁栄ぶりは
描かれた浮世絵によって偲ぶことができる。

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 今回は藤沢本町から遊行寺まで、かつての藤沢宿を歩きながら
義経公をまつる白旗神社・伝義経首洗い井戸・永勝寺の飯盛女の墓・
遊行寺(時宗の総本山)と宝物館(国の重要文化財・絹本着色後醍醐天皇像)
などを観て廻った。

 始めに「歴史のある場所では歴史を詠みこむこと」と主宰からお話をいただく。
さっそく歴史を詠みこんだ特選句の「衣川」には、
ほぉ~とあちらこちらから声にならない感嘆の声があがる。
     
     衣川思ふ首塚薄暑光         三森 梢

他の特選句
     
      夏燕二階を低く種苗店        砂金 明

     夏の蝶風押し返すごと飛びぬ     林  稚

     大きくも小さくもなく茅の輪かな   吉川わる

                                           払い 


     緑さす石一つなり馬の墓       永井 詩

     十薬や遊女の墓は風に朽ち      原 悠歩

     涼しさよ空也上人小さく立ち     三森 梢
              

                             (吟行参加は32人と多く今回は6句提出)

 句会の終わりに主宰から「報告が多い、その一歩先へ」とお話がありました。

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 句 会場は赤い遊行寺橋を渡り、遊行寺との中間に位置する
ふじさわ宿交流館。
新しく感じの良い句会場所で、季節を変え藤沢駅から遊行通り経由
遊行寺までの往復コースもいいかもしれないと思った。
曇り空とはいえときどき薄日のさす蒸し暑い中での吟行でしたが、
みな元気かつ熱心に句作に励んでいた。

現代俳句勉強会には、平日なので不参加のわるさんが、後藤比奈夫の句を鑑賞しています。

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        後藤比奈夫の俳句
                      吉川わる

      雨の中訪ね來し家の水中花  

DSCF5518.jpg

最近心がけているのは、助走のない句である。
と言ってもわかりにくいが、前提とか条件のない句のことだ。
前提があると作為的になってしまうように思え、また、一句の情報量も多くなる。
掲句で言うと「雨の中」が前提であり、「○の中」というと説明っぽくなるはずだが、
この句に限っては気にならない。
「雨だれや訪ね來し家の水中花」と直してしまうと切れが良すぎる感じがする。
掲句のリズムはくせになるのだ。
 
後藤比奈夫(敬称略。以下同じ)の第一句集『初心』には、
上五が「や」で切れる句は数えるほどもなく、句中に切れのある句自体が少ない。
それでもこの句が緩くならないのは、イ段の連続により発音しにくい“kisi”( 來し)
という二音が“yano”( 家の)という素直な二音につながることにより強い
アクセントが生まれ、それを体言がしっかりと受け止めているからだ。

『初心』からもう一句挙げてみる。
  
      お水取見て來し睡き人とをり 

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この句も中七の“mite・kisi・nemuki”( 見て來し睡き)に
ホップ、ステップ、ジャンプのようなアクセントがあり、
しかも「睡き」には意味上の飛躍もある。連体形がイ段となる文語の効果に
よるもので、「お水取見て来た睡い人といて」では俳句にならない。

 最後に「雨の中」の句について内容の鑑賞もしてみよう。
雨の中を訪ねた家は、昭和二十年代後半であり、鉄筋コンクリートではなかろう。
家の外も内も雨の季節なのである。「いきいきと死んでゐるなり水中花」と
詠んだのは櫂未知子だが、掲句の水中花はいきいきとはしていない。
しかし生きている。潜めても呼吸を止めないのだ。