FC2ブログ

俳句でおしゃべり-都市ー

「都市」での活動や俳句に繋がる文章や会員のエッセイ等の語り場にしていきたいと思います。

2020-06-05 (Fri)

青さんの第1句集「恭」へ、編集男子の語る第3弾、夏斗さん登場です。

青さんの句集『恭』を読んで              秋澤夏斗  北杜青さんが句集を出した。句集名は『恭』。うやうやしい、礼儀正しいという意味を持つ。句集に何故『恭』とつけたのかは青さんに聞いてみないと分からないが、いかにも青さんらしいタイトルだ。句集の序には、夕紀主宰が青さんの優れているところを的確に熱く語っている。読んでいて胸の熱くなる文章だ。 句集は四季に分け...

… 続きを読む

青さんの句集『恭』を読んで
              秋澤夏斗

 
北杜青さんが句集を出した。句集名は『恭』。うやうやしい、
礼儀正しいという意味を持つ。
句集に何故『恭』とつけたのかは青さんに聞いてみないと
分からないが、いかにも青さんらしいタイトルだ。
句集の序には、夕紀主宰が青さんの優れているところを的確に
熱く語っている。読んでいて胸の熱くなる文章だ。
 
句集は四季に分けてまとめられている。「夏」の中から
二句挙げてみる。
  
簗番や穂高に沈むはくてう座 
夜空の星


雄大な景である。場所は信州。中河川の鮎の簗場の
番小屋に裸電球の小さな灯が点っている。
空には満天の星。西方に目を向けると、穂高の山並みが
シルエットとなって、白鳥座がその山影に隠れようとしている。
もうすぐ夜が明ける。
  
萍の水のすきまをまわりをり

浮き草


こちらの句は打って変わって、とても小さな世界を描いている。
田んぼの取水口周辺の景色であろうか。
萍がびっしり溜っている。注意深く覗いてみると、
水が渦をつくって回っているところがある。
その渦の周りを萍がゆっくり規則的に回転して、
くっついたり離れたりしている。

私は青さんの吟行句が好きだ。いつも人と離れて
自分の世界をつくり、人と違うところを
詠もうと努力している。その姿勢に敬服する。
その結果、青さん独特の詩が生まれるのだ。
2020-05-16 (Sat)

編集部の男性による、青さんの第1句集「恭」への感想です。   まずは、あやしさんです。

         『恭』より一句         井手あやし              秋濤に舳の跳ねて帰港せり                        句集『恭』の秋の章にあるが第一回朝涼賞受賞作品の二十句中十九句目の作品でもある。この受賞作品を句誌『都市』で初めて目にした時、一句目から引きずり込まれた。隙のない写生句が続き、譬えれば将棋で徐々に寄せられ途中の手(句)“夜半の秋自転車の影人...

… 続きを読む

         『恭』より一句         井手あやし

              秋濤に舳の跳ねて帰港せり


                        ふね2


句集『恭』の秋の章にあるが第一回朝涼賞受賞作品の二十句中
十九句目の作品でもある。この受賞作品を句誌『都市』で初めて目にした時、
一句目から引きずり込まれた。
隙のない写生句が続き、譬えれば将棋で徐々に寄せられ途中の手(句)
“夜半の秋自転車の影人乗せて”あたりで負けを悟るが、諦め悪く指し続けるも
掲句でパチリ「これでどうだ」、「参りました」と最終句を待たず
投了したような気分だった。

その後この受賞作品を折に触れて読みたくて『都市』の当該頁を
写真に撮ってスマートフォンに保存していたが、半年後位に雑談の席で
先生にこの事を話すと「皆が青さんのような句になったら困る」と
言われたので削除した。「青さんの真似など私のレベルではできるわけがない」
と思いながら。

                            本


句集には受賞作二十句中十一句程収められているようだ。
こうして句集に収められてみると群作の一句一句が独立していたことが
よくわかる。何度読んでも飽きの来ない句のひとつだ。
2020-05-05 (Tue)

満里さんによる、青さんの第一句集「恭」の句集評です。

  穏やかなる詩情『恭(かたじけな)』(北杜青著)   大木満里 北杜青さんが第一句集『恭(かたじけな)』を上梓された。句集の全句を一読した後、読みかえした印象的な文章がある。2014年6月号「都市」誌上「俳句は人生だー福永耕二小論」に於いて「(前略)特別な才能がなくても、全国を放浪しなくても、俳句という表現形式を人生の等価のものとして愛し、日々誠実に生きることによって俳句形式からの恩寵を受けることが...

… 続きを読む

  穏やかなる詩情『恭(かたじけな)』(北杜青著)   大木満里

 北杜青さんが第一句集『恭(かたじけな)』を上梓された。
句集の全句を一読した後、読みかえした印象的な文章がある。
2014年6月号「都市」誌上「俳句は人生だー福永耕二小論」に於いて
「(前略)特別な才能がなくても、全国を放浪しなくても、俳句という表現形式を
人生の等価のものとして愛し、日々誠実に生きることによって俳句形式からの
恩寵を受けることができるかもしれないと感じたのです。」と書いている。

 俳句形式からの「恩寵」とは何か。それは、作者の生きる糧に、
喜びにつながるものである。それは、また俳句を身の内に取り入れて生きる、
厳しさでもある。

 それ故、北杜さんは、真摯に誠実に、俳句に取り組まれてきたのだろう。
今回、上梓された句集『恭』には、全編に、作者のその俳句に対する姿勢が
投影されており、句に結実している。

    春寒や人魚のもてる玻璃の胸

    裏口にコック憩へる桜かな

    氷旗古墳の風に吹かれをり

                                    古墳


    一八の風がむらさきとくやうに

    朝顔の藍にはじまる木曾路かな

              asagao.jpg


    秋嶺や小窓に見ゆる厨ごと

    林道の枯葉に韻を踏むごとし

    影ふみに春着の影の加はりぬ



 四季・春夏秋冬から以上の二句ずつ八句を選んだ。
他に取り上げるべき佳句は多々ありながらも、あえて平易な表現の句を選んだのは、
ありふれた日々の営みに向き合い、写生し、句を紡ぎだす、作者の作句の原点を、
そこに見たからである。

 一句目、春寒とガラス細工の人魚の胸の取り合わせのひんやりとしたエロスの、手触り。

 二句、三句目、さりげない日常を掬い上げ軽やかに詠む手堅さ。

 四句目、下五「とくやうに」の表現により一八のむらさきの色が際立つ効果。

 五句目、「朝顔の藍に始まる」の切り取りのうまさ。これにより木曾路の
 澄んだ美しい景がはっきり見えてくる。

 六句目、秋の彩りの嶺を背景に、山荘かもしれない。
 家族の料理するはしゃいだ姿をそっとのぞき見て、幸せを感じている作者。
 すがすがしい句である。

                                               秋


 七句目、作者は、枯葉を韻を踏むようにひとり楽しんでいる。
 その乾いた音までもが聞こえてくるようだ。
 
 八句目、お正月の子供たちの影ふみ。春着の影でわかる。見つめる作者の
 やさしい眼差しが印象的である。

 気負いのない句作りに、穏やかな詩情が生まれているのは、確かな観察の眼が
あるからであり、それが確かな描写となって句に昇華しているのである。
この句集の題名『恭(かたじけな)』は、「身にすぎた恩恵」と感じている作者の、
俳句の表現形式と、それを取り巻く人たちへの感謝の念のように思えてくるのだ。
それが、静かに沁みとおるように、伝わってくる句集である。



2020-04-24 (Fri)

和さん愛にあふれた「都市の1句」です!!

              都市の1句(41)    長谷川 積         立山を照らす夕日や稲の花      高見 和                                                                                                        (都市20年2月号)                          ...

… 続きを読む

              都市の1句(41)    長谷川 積


         立山を照らす夕日や稲の花      高見 和
                                                                       
                                 (都市20年2月号)
                  

                          立山山頂




それは4年前、玉川学園の俳句講座での出会いから始まった。
継続受講されている方々の中に新入生が二人、
それが和さんと私だった。

講義終了後、初対面の私に昼食をご一緒にとのお誘い。
そこでお互いに詳しい自己紹介。大大先輩でしたが、気さくで考え方も
お若い。話していくうちになんと境遇のよく似ていることに本人同士も驚く。
直近に奥様を亡くされたこと、特許のお仕事をされていること
(私も2か月前まで特許事務所に勤務していた)、電気工学の技術者であること、
そして富山県のご出身であること(私は独身時代に出向で4年間を
富山で過ごした)等々。初日から意気投合した。

 お互い俳句を作ることは初心者(和さんは俳句の知識は豊富ですが)で
何もわからないのに「自分の日記代わりに俳句を作るのだ」とか
「綺麗なことを詠みたい」とか、ここでも意見が一致。

 その言葉の通り和さんは、いつも日本の原風景のような
きれいな情景の句を詠まれる。特に郷土愛に溢れておられ、
富山の景色をよく詠われる。
私も良く知っている立山連峰の雄大な景色は、和さんのみならず
富山人にとっては格別なもので、四季折々の生活に切り離せない
存在となっている。
上記の句は、そんな中の一句である。

                         立山


歳時記の「稲の花」の説明には「稲ほど短命な花はない」
「開花から受粉まで三時間ほどのドラマである」とある。
立山連峰に夕日が当たっている。その時間の頃には手前に広がる田んぼの
一つ一つの稲穂で小さなそして数多くのドラマが終わろうとしているのである。
一見寂しそうな情景に思えるがそうではない。このドラマの終わりが
新たなドラマ「豊作」への始まりであることを予感させる。
                       
                                           田


一つ一つの稲の秘めたる力を感じ取ることができる、そんな一句である。
和さんの本領発揮である。因みにこの句は‘19年9月の中央句会で特選を
得た句でもある。

お知り合いになってまだ4年あまり、和さんの広い心により歳の差を忘れ
旧知の友のように何でもざっくばらんにお話することができる。
折に触れて反省会を開き(そうお酒の場で語らうことが好きなところも
よく似ていた)これからもお互いに切磋琢磨していきたい。